【2010年7月19日〜7月25日】


■パキスタンの国境に沿って極秘戦争[100725 Guardian]

アフガン戦争の敵は、タリバンだけではない(中略)。戦争ログには、パキスタンとの国境沿いで起きる、国境を挟んでの戦いが数百回登場する(中略)。中でもアフガン軍とパキスタン軍との間で、これまで報道されていないさまざまな戦いがあった。その理由は、117年前に敷かれた、デュランド・ラインである。

2007年1月に、パキスタンのヘリコプターが国境を越えてアフガンの村に着陸したために、戦闘となった。アフガニスタンの国境警察が82ミリ迫撃砲と機関銃を撃った。ヘリコプターは、無傷でパキスタンに戻った。

アフガニスタンの米軍がパキスタンに榴弾砲を撃ったり、アパッチ・ヘリコプターを送ったりする例が多数載っている。タリバンのロケット砲攻撃に応戦したり、攻撃してきた戦闘員たちがパキスタン側に逃げ帰るためだ。

2005年12月には、A-10 Warthog戦闘機やB-52爆撃機を伴って、特殊部隊が「パキスタンに逃げようとする」戦闘員たちを攻撃した。Warthogは722発、B-52はJ-dam爆弾2発を投下し、抵抗勢力6人を殺害した。米国人は無事だった。

またアメリカの将軍がパキスタンに、パキスタンの部族地帯にいるタリバン幹部の居場所を詳しく説明する極秘諜報情報を手渡し、彼らを逮捕あるいは殺害するように促した。

2006年10月にラワルピンディの陸軍本部を訪れた米関係者は、パキスタンのアンゴール・アッダにある拠点からアフガニスタンに越境して同盟軍を攻撃していた、ザンジール司令官に関する詳しい情報を提供した。書類には、ザンジールがその1年後も生存していることが明らかにされている。

ワジリスタンの枯れ沢で、米兵とパキスタン兵が会合を開いた様子も説明される。ビラール少佐は「すぐに核心にふれ」パキスタン軍が「ここのところ強く非難されている」が、まったく不公平だと述べた。

タリバンに対して行動するというビラールの約束を、関係者は当てにしていない。「何もならないだろう。パキスタン陸軍とISIは、国境を越えての攻撃に関与している可能性があるが、やらないよりはましだ」。

hoonAfghanistan war logs: Secret war along the Pakistan border
Declan Walsh

■アフガニスタン戦争ログ、ビンラディンの手が見え隠れ[100725 Guardian]

ビンラディンは、アフガニスタンの米主導同盟軍の作戦に、大きく影を落としている(中略)。

CIAはビンラディンの居場所の証拠は何も掴んでいないと言っているが、今回漏洩されたログによると、米軍はビンラディンを取り巻く霧をかいま見ていることがわかる。特に2006年8月には、ISAFがアルカイダによって雇われた自爆者たちを追跡した際に生じた「脅威の報告」から見て取れる。

「パキスタンのクエッタで幹部会議が開かれ、自爆者6人がアフガニスタン北部で行動することを命じられた。2人がクンドゥーズで、2人がマザリシャリーフで、最後の2人がファルヤーブで行動することになった」。

さらに「これらの会合は毎月開催され、20人ほどが出席する。場所はクエッタやパキスタンとアフガニスタンの間の国境地帯にある村(詳細は不明)である」。「この会議の幹部4人はオマール師、ビンラディン、ダドゥッラー師、バラダール師である」。「使命を与えられた外国人6人には、それぞれ5万ドルが与えられ、家族のめんどうを見ることが約束された」。

報告には、犯行をどこでどのように行なうか詳述され、爆発物を車に搭載するか、自爆ジャケットで行なうかなどが述べられている。

バラダール師の部下でゴール州の元地方軍事司令官だった、パキスタンを拠点とするアフマッド・マルガビが、アルカイダ/タリバン学校の殺害部門の責任教師である。「マルガビは自爆の方法や簡易爆弾、ゲリラ戦法を教える責任者で、現在12人の生徒がいる」。

この諜報情報は、大きな重要性があった可能性がある。オマール師の部下だった元ムジャヒディン指導者ダドゥッラーは、米・英特殊部隊の作戦で翌年5月に追い詰められ、殺害された。バラダールは今年カラチで、パキスタンの治安部隊に逮捕された。

戦争ログによると、自爆者たちは非アフガンの外国人で、その数は当時急速に増え、ビンラディンによって注意深く育てられたという。

2004年9月には、「3人の非常に良く訓練を受けたテロリストがビンラディンに与えられ、カルザイ大統領に対する自爆攻撃の使命を与えられた」とある。「情報源によると、3人のテロリストはアラブ国家やパキスタンから入手した偽装ジャーナリストのパスポートを持って、10日後にはアフガニスタンの国境を越える。カルザイが主催する記者会見中に、攻撃を実施する予定である」。

2008年9月の別の報告では、用意周到な国際的なアルカイダの攻撃が計画された。「5日前に、アラブ人7人とイラン人4人が、ヘラート州ゴザレ地区シアフヴシャーン村で目撃された。彼らはゴーラム・ヤハヤ・アクバリ(GYA)のグループと合流した。アラブ人7人は、ビンラディンの腹心で米国生まれのアブ・マンスールと関係がある。アラブ人たちは米軍かイタリア軍、または外国人に対する自爆攻撃を行なう。イラン人4人はセパヘ・パスダラン(イラン革命防衛隊)の「諜報」班に属し、反ISAF/アフガン政府的行動を行なうためにGYAを支持または協力している」。

ログの諜報情報が正しければ、ヘクマチアルなどとも協力して、さらに自爆攻撃が計画されている。

ビンラディンの関与が伺われるいくつかの生の諜報情報は非常に衝撃的であるが、その信憑性は明らかではない。2005年12月には、ヘルマンド州の航空機に対する脅威と題した報告で、カブールのISAF本部は次のような情報を入手した。

「2005年11月19日に、ヒズビ・イスラミ(HIG)のヘクマチアルとビンラディンの財政アドバイザーのドクター・アミーンが、イランから北朝鮮に飛んだ。2005年12月3日にヘルマンドに戻った。北朝鮮にいる間に2人は北朝鮮政府と、アメリカと同盟軍の航空機に使用するための遠隔操作ロケットに関する取り引きを交わした。取り引きははっきりしない金額で締結された。兵器の輸送は新年後に予定されている。北朝鮮から帰ってきたドクター・アミーンはヘルマンドに留まり、ヘクマチアルはクナール・ヌーリスタン州に行った」。

イランの協力のもとで行なわれるアルカイダ、北朝鮮、アフガン抵抗勢力との間の兵器のセールスは、ワシントンにとっては最悪の悪夢である。しかしこれが実際に起きたのか、またはまだ続いているのかは、わからない。北朝鮮訪問に関しては、その後の戦争ログの中には出てこない。

ヘクマチアルはまだ逮捕されていないが、ドクター・アミーン(正式の名前はアミーン・アル・ハクまたはウルハク)は、2008年にラホールでパキスタンの治安部隊に逮捕されている。

『LongwarJournal』によると、アミーンはタリバン、アルカイダ、HIG工作員たちと関係が深い。ビンラディンの警備隊責任者といわれるアミーンは、2001年にトラボラの戦いでビンラディンと一緒にいた。2008年1月に逮捕された後は「極秘の場所で取り締まりを受けている」と言われるが、それ以来登場しない。

たとえばカンダハルにロケットを密輸しようとするなど、ビンラディン・アルカイダと抵抗勢力の活動の間には、さまざまな関係が見られる。別の報告では、「衝撃で毒ガスをばらまく」、ロケット推進手榴弾の化学物質兵器を作る計画などが記されている。

この計画を首謀している科学者だというドクター・ムハンマド・ハムザ・アフマディは、爆発のためにウラニウムを入手することに関心があった。ウラニウムは10グラム538ドルでラホールのある工場から入手できるというが、ハムザは値段が高すぎると思ったと、情報源が主張する。「ハムザはもっと大きな爆発を生むための、別の方法を考えている」という。

2009年を通して、ビンラディンの影響力はさらに大きくなっていることがわかる。

2008年5月に浮上した諜報情報によると、同盟軍に毒を盛る計画が進んでいたという。ヌーリスタン州のタリバン司令官ナシームが、村をパトロールする同盟軍の食料や飲み物に入れる粉を開発した。情報源によると、この毒物は「オサマにちなんでオサマ・カパと名付けられた」(後略)。

hoonAfghanistan war logs reveal hand of Osama bin Laden
Simon Tisdall

■アフガニスタンにおけるイランの極秘作戦[100725 Guardian]

アルカイダに協力するタリバン抵抗勢力やアフガン人軍閥にや自爆者たちに、イランが武器や資金を調達し、訓練したり装備を与える極秘キャンペーンを行なっていることが、戦争ログから明らかになった。

これらの「脅威の報告」は、アフガン人スパイや雇われた情報源からの極秘情報に基づくが、その信憑性は明らかではない。しかし真実であるとしても、これらがテヘランの認識のもとで行なわれているのか、あるいはタリバンや武器密輸者、犯罪団などに協力する、政府とは独自に動くイスラーム革命警備隊の差し金なのかはわからない(中略)。

戦争ログが信じられるものであれば、イランは2004年から今日に至るまで、アフガニスタンに関与してきた。

2005年2月のISAF本部が発信地である極秘報告によると、タリバン指導者やタリバン元政府関係者が、ヘルマンドとウルズガン州で一連の攻撃を計画していた。「このグループは現在イランに住んでいる。8人からなり、全員が7人のボディーガートと行動している」。「指導者たちはアフガニスタンに入り、兵士たちを雇った。このグループは、NGOや政府関係者を攻撃する。成功すれば、米軍に対する攻撃を開始する。一団はAK47ライフルや襲撃ライフル、簡易爆弾を用いて、ヒット・アンド・ラン戦法を使用する」。

さらに「イラン政府はこのグループのメンバーに、アフガン兵士を殺害した場合それぞれ1740ドルを、政府関係者を殺害した場合は3481ドルを提供する」という。

2005年1月に、イラン諜報組織がイランの国境地帯にある場所のひとつに、21万2000ドルを運んだと言われる。戦争ログの中で「イランの諜報組織」といえば、イランイスラーム革命防衛隊のことを指す。

「金は、1990年代モデルの市内トヨタ・カローラのステーション・ワゴンで運ばれた。さまざまな食料の中に、隠された。このカローラには、ヘクマチアルのヒズビ・イスラミ・グルブディンのメンバー4人が乗っていた。金はどこかに運ばれた」という。

戦争ログには、イランまたはイランが支援する、別の極秘活動も記載されている。2006年1月には、2人のイラン人「諜報」関係者がアフガン人を装って、パルワン州のシヤーゲルド村に到着した。2人には、変名が与えられた。アブドゥル・ジャリルは37歳くらいで、「短い黒い髭」をはやし、アアフマッディンは25歳くらいで「背が高く色白で、長い髪、茶色い目」をしていた。

「2人のイラン人は、地元のアフガン人にアフガン政府や同盟軍に反対するプロパガンダを行なうために派遣された。またヒズビ・イスラミやタリバンに、米政府関係者や同盟軍、特に米軍に対するテロ攻撃を行なうことに、協力している」という。イランのビルジャンドでは、イラン人関係者がタリバンやヘクマチアルのメンバーを訓練する、重要な基地がある。ここで彼らはアフガニスタンに向けて、車爆弾にしようする爆発物と車を送るために使用している」という。

イランと簡易爆弾の関係が浮上したのは、これだけではない。2006年5月に、「NY-9013情報源」が、車をパキスタンとイランで購入したヘクマチアルの部下が、200台に簡易爆弾を搭載したという。「パキスタンのヒズビ・イスラミのメンバーが、これらの車にリモートコントロール装置を提供する」。2008年4月にはタリバンが、簡易爆弾のためのイラン製リモートコントロール装置20を受け取り、これをサンギンのイギリス人に使用予定」だという。

さらに戦争ログを信じれば、イランは戦いで負傷したタリバンとその部下たちを匿い、戦いに参加したい外国人を手配している。2005年9月と記載された報告には、イランのメシャドに集ったタリバン司令官のリストが記載されている。さらに2006年10月には、イラン人たちは「負傷したタリバン戦闘員たちをテヘランに運ぶための輸送機関の手配に協力した」。

2009年3月には、アフガン人とチェチェン人戦闘員15人を含む外国生まれのタリバン100人以上が、自爆攻撃を行なう目的でイランからアフガニスタンに入った。2009年5月に当時の米軍NATO軍司令官だったマクリスタル将軍は、この諜報情報に反応している。「抵抗勢力の訓練はイランで行なわれているようで、戦闘員たちはイランで動いている」と述べている。

さらに本当だとすれば、イランはアフガン政府関係者が飲むお茶に、毒物を入れる計画を立てたり、比較的安定している北部の州を混乱させようとした(後略)。

hoonAfghanistan war logs: Iran's covert operations in Afghanistan
Simon Tisdall

■パキスタン、アフガニスタンの抵抗運動に協力[100725 New York Times]

アフガニスタンで戦う米国人たちは、パキスタンに毎年10億ドルの援助金を支払い、パキスタンの抵抗勢力との戦いに協力しているにもかかわらず、パキスタンのISIがアフガン抵抗運動に協力していると長い間疑っていたことが、日曜日に公開された軍の極秘報告で明らかにされた。

『Wikileaks』が発表したドキュメントによると、アメリカの同盟国であるパキスタンのISIの代表がタリバンと直接会い、アフガニスタンの米兵と戦う抵抗勢力グループに戦略を指南したり、アフガン人指導者を暗殺する計画を立てていた。

これらの情報から、現場にいる米兵たちは、アフガン国境に沿ったパキスタンの部族地帯からアフガニスタン南部を通り、カブールまで入ってくるパキスタン人抵抗勢力やその協力者に脅かされていることが明らかになった。

これらの生の諜報情報やアフガニスタンの戦場から収集された情報の裏付けは取れておらず、パキスタンを敵と見なすアフガン人諜報関係者や報酬が支払われている情報源から収集されたものと思われる。実際に起きていない攻撃の計画なども、含まれている。

しかし情報源の多数は、軍が信頼できるとする者たちを拠り所としている(中略)。

報告のいくつかには、パキスタンの諜報組織がアルカイダと攻撃を計画している様を説明している(中略)。

さらに報告には、トラックに乗った抵抗勢力が国境を越えて、国境近くの検問所を攻撃しては引き返しているにもかかわらず、パキスタンがこれらを取り締まりたがらないことに対して怒りを表明している記録が含まれている。

現場の兵士たちの不満とパキスタンのはっきりしない態度は、公にはパキスタンをアメリカの同盟国とするバラ色の関係と大きな隔たりがあり、従ってアメリカはアルカイダの隠れ家あるといわれるパキスタン国内各地に、無人偵察機による作戦を展開している。また政権関係者は、パキスタンを通過してアフガニスタンのNATO軍に送る物資を守るために、核武装するパキスタンを味方につけたがっている。

(中略)この報告から、パキスタン軍は同盟軍であるとともに敵であるが明らかにされる。アメリカは軍の諜報組織はダブルゲームを行なっていると疑ってきたが、組織はアメリカが排除しようと戦っている組織そのものを通じて、アフガニスタンに影響力を及ぼすことを企てながらも、アメリカの要求のいくつかには答えてきた。

(中略)これまでこのような疑惑は強く否定され、特にはパキスタン軍は、ISIが以前持っていたような抵抗勢力との関係を断わったと主張してきた。日曜日にイスラマバードのISI報道官は、この報告書を見るまでコメントできないと述べた。パキスタンの駐米大使フセイン・ハッカーニは、Wikileaksが公開したドキュメントは、現在の状況とは異なっていると述べた。

現在アメリカが抵抗勢力と戦うために頼りにしている陸軍長官のキアニ将軍は、2004年から2007年にかけてISIの長官だった。報告の多数は、この期間に起きている。アメリカはこれまでキアニ将軍を賞賛してきた。

(中略)米関係者はこれまで、ISIが大きな攻撃に関与している証拠を掴んでいない。しかしCIAの副長官は2008年7月に、ISIがカブールのインド大使館に対する自爆攻撃に協力したという証拠を突きつけた。

最近の発見では、ボーランドの諜報組織が、この事件が発生する1週間前に、インド大使館に対する複合的な攻撃がある可能性があると警告した。ただし実際に起きた事件とは、その方法は異なっていた。この報告の中では、ISIは名指しされていなかった。

さらに2008年8月には、ISIの大佐がカルザイ大統領を暗殺することをタリバン関係者と計画している。この計画をいつ、いかに実行するかは明らかにされていない。

パキスタンのスパイ組織やCIAが、アフガニスタンでソ連と戦うアフガン人民兵に兵器や資金を援助していた1987年から89年にかけてISI長官だったのが、ハミッド・グル准将である。彼は戦いの後も元ムジャヒディンとの関係を保ち、このムジャヒディンたちがタリバンになった。

その20年後、グル将軍はまだ活動している。報告書は、彼が以前のネットワークを再び動かすことに活発に動き、ジャラウッディン・ハッカーニやグルブディン・ヘクマチアルのような仲間を雇っていることを示す。これらの組織は、戦闘員数千人をアフガニスタンに送り込んでいる。

報告書の中にグル将軍は何度も登場しているために、パキスタン軍や諜報関係者が、彼の活動を知らないはずがない。

例えばある報告書によると、グルが2009年1月に南ワジリスタンのワナで抵抗勢力のグループと会ったことを説明する。ここで彼は3人のアフガン抵抗勢力司令官と、3人の「年長」のアラブ人、おそらくアルカイダの代表と会ったことを示している。3人は多数の護衛を伴っていたために、重要な人物であることが伺われる。

この会合は、数日前にCIAの無人偵察機による攻撃で死亡した、「ザマライ」という名前で通っているオサマ・アル・キニの復讐を話し合った。キニはパキスタンにおけるアルカイダの作戦を指揮し、多数の残虐な攻撃を首謀した。

報告書によると、その日ワナで、爆発物を搭載した濃紺のマツダのトラックがアフガニスタンのパクティア州まで行くことになった。このルートは、抵抗勢力たちがパキスタンから兵器や自爆攻撃者、戦闘員たちを運ぶときに使用する。力を誇示するために、タリバン指導者たちはアラブ人50人とワジール族戦闘員50人をアフガニスタンのガズニ州に送ることにしたという。

グル将軍はタリバン司令官たちに、パキスタンの部族地帯にいることを見て見ぬ振りをすることと引き換えに、アフガニスタンでの攻撃に従事するように説得した。この攻撃が実際に行なわれたのかどうかは、明らかではない。

アメリカは国連に、グル将軍を国際テロリストのリストに入れるように圧力をかけている(中略)。

さらに報告には、ISIが自爆攻撃者を組織していることが示されている。自爆攻撃は2006年頃から、アフガニスタンで急激に出現しはじめた。

詳しい報告書によると、米関係者たちは、自爆組織がどのように機能しているか、比較的はっきり把握していたことを示す。なぜ攻撃が実行されなかったのか、摘発されたのか、攻撃者たちが標的を変えたのか、諜報自体が過ちだったかは、明らかではない。

2006年12月18日の報告では、自爆攻撃者たちを開発する経緯が説明されている。まず自爆志願者たちが募集され、パキスタンで訓練される。その後偵察や作戦計画が立てられ、自爆者が攻撃する際に標的のどの位置に近寄るかまでが偵察される。この組織は、アフガン警察や内務省の協力も得ているという。

自爆者の名前や年齢、乗っている車のナンバープレートの番号が明らかにされている場合も多い。しかし諜報情報を収集する米国人は、さまざまな細々した突拍子もない情報も収集する。

ある事例によると、アフガン国境とパキスタンのランディ・ホテルの間で、灰色のトヨタのカローラに爆発物が搭載されたと報告された。これはパキスタンの部族地帯にあるランディ・コタルの誤りであることは明白だったが、実際に標的となったのは、カブールの下町にあったホテル・アリアナだった。ISIがこの攻撃に協力していたようだと、この報告書に記載されていた。

またグル将軍を含む現・元ISI工作員が、自爆志願者を求めてペシャワル近くのマドラッサを訪れたことも報告されている。「警戒情報」というラベルのついたある報告書では、ヘクマアアルのヒズビ・イスラミの司令官たちが、アフガン人が運営するハシシミテ・マドラッサに自爆者を提供するように要求していた。

少年は、2006年12月31日の犠牲祭に、カブールの米軍とNATO軍の車輛を攻撃するために使用されるという。この報告によると少年は爆発させるための車を買うために、アフガニスタンのジャララバードに連れて行かれ、その後カブールにたどりついた。攻撃が実際に行なわれたのかどうかは明らかではない。

2009年7月から10月にかけて、パキスタンからカンダハル、クンドゥーズ、カブールなどのアフガニスタンの人口が多い地域に、自爆者たちが送り込まれる様子が書かれていた。

去年の8月に実施されたアフガニスタンの大統領選を狙うために、自爆者たちが送り込まれた。米諜報組織は、ハッカーニの組織がインドの関係者を標的とするために自爆者たちを送り込んだことを掴んでいた。

また時には馬鹿げた計画もある。例えばある報告によると、ISIは金色のクルアーンに遠隔操作爆弾をしかけ、アフガン政府関係者を暗殺しようとした。またISIとタリバンが、米兵を殺害するために、毒入りのアルコールをアフガニスタンに送り込もうとした。

2006年6月19日には、ISI工作員がクエッタのタリバン指導者と会ったことが示されている。この会議で、ISIはタリバンがカンダハルのマルーフを攻撃するように説得した。この攻撃にはアラブ人とパキスタン人が参加し、タリバン司令官のアフタール・マンスールは仲間に、多数の犠牲者が出る可能性があると警告していた。「外国人たちはこの作戦を実施することに同意し、四輪駆動のトラック20台を集めて戦闘員たちを現場に送り込むことにした」という。

外国人戦闘員に関する情報やISIの関与は明らかではないが、タリバンは2006年にマウーフを占拠するために、作戦を実施した。

アフガン政府とタリバン戦闘員たちは、この攻撃はタリバン司令官でカンダハルの陰の知事であるアフタール・ムハンマド・マンスール師が率いたとしている。マンスール師はアフガニスタン国内に自分のための基地を築こうとしたが、タリバンが予測していたように大きな犠牲を払うことになり、結局撤退した。

別の報告には、2007年9月に、クナール州にある米軍の前哨基地を攻撃する計画が述べられている。83ミリ大砲、ロケット、歩兵、多数の場自爆者で構成される5層の攻撃になるという。この攻撃が実際に実施されたかどうかは明らかではないが、その数ヵ月後の2008年7月には、同じような攻撃が実行された。タリバン200人ほどがヌーリスタンのワナートにある米軍基地を占拠し、米兵9人が殺害された。これは米軍にとっては、1日で最大の犠牲者を出した日となる。

抵抗勢力に対するパキスタンの態度により、アメリカとパキスタンの関係も緊張した(中略)。2007年2月7日に、米関係者がパキスタン軍と枯れ沢で会見し、ホースト州に関して話し合った。この話し合いのメモによると、パキスタン人たちは自軍の兵士は地域をくまなくパトールしていると主張した。激しい戦いが春にあることが予測されるか聞かれると、ビラール少佐というパキスタン軍関係者が、兵士たちが固く守備しているために、戦いは予測されないと答えた。

米国人たちは疑心暗鬼だった。記録によると、この会合の前すでに抵抗勢力の活動は300%も活発になっていたからだ。「彼のコメントだけをとっても、この特定のグループが現実とはかけはなれていることがわかる」とメモに記されている。

パキスタン人たちは米国人に、国境で抵抗勢力の活動を目撃した場合は連絡してほしいと述べた。報告を書いた米国人は「パキスタン軍/ISIは国境を越えた抵抗勢力の活動に関与しているため」に、「頼りにならないだろうが」と書いている。

2006年10月13日の会合の後も、何も起きなかったとアフガニスタンとパキスタンの両方で経験を積んだ米軍連絡官のバリ・シャピロ大佐が書いた。「多数の報告や詳しい情報」にもかかわらず、「国境間の活動に変化はなく、パキスタン国境で」パキスタン軍が「活動している様子はほとんどないか、ないに等しいという。パキスタン軍は「米軍から依頼があったときだけ行動する」と結論づけた。

ohgarrPakistan Aids Insurgency in Afghanistan, Reports Assert
MARK MAZZETTI, JANE PERLEZ, ERIC SCHMITT and ANDREW W. LEHREN

■戦争の霧の中で。アフガニスタンの戦場からの報告[100725 New York Times]

日曜日に公表された6年にわたる軍事秘密に関する報告書により、アフガニスタンにおける赤裸裸な現実の戦いの様子が明らかになり、関係者の説明よりももっと悲惨な映像が明らかになった。

『ニューヨーク・タイムズ』と英国紙の「ガーディアン』、ドイツの雑誌『デア・スピーゲル』が、日曜日まで発表しないという条件で、数週間前から膨大な量の極秘記録を読むことが許された。

2004年1月から2009年12月までに及ぶ9万2000件の報告は、アメリカがアフガニスタンの戦いに3000億ドルを費やしているにもかかわらず、2001年以後もタリバンは以前に増して強力であるその理由が明らかにされている。

(中略)この報告書は戦争に関する大まかな概略であるが、時には詳しい報告もあり、これまで公には隠されていた戦争の一面が、以下のように明らかになった。

☆タリバンが同盟軍に対して赤外線誘導式ミサイルを使用していることを、軍はこれまで明らかにしていなかった。この種の兵器により、アフガンムジャヒディンは1980年代にソ連軍を敗北させている。 ☆タクト・フォース373のような極秘奇襲隊が、抵抗勢力幹部司令官70人を逮捕または殺害するために活動している。これらの作戦はオバマ政権に交代するとさらに活発になったが、時には一般市民を殺害するなど大きな過ちを犯し、アフガン政府との関係が悪化した。 ☆軍はアフガニスタン内の戦場を監視したり攻撃するために、これまで以上に多数の無人偵察機を使用するようになったが、その成果は一般に公表されているほど大きくない。時には墜落したり衝突するために、タリバンが無人偵察機の兵器を横取りする前に、米軍は危険を犯して回収しなければならない。 ☆CIAはアフガニスタン国内で準軍隊的な作戦を拡大している。襲撃を行なったり空爆を命じ、夜間の急襲を指揮する。2001年から2008年にかけて、CIAはアフガニスタンの諜報組織の予算を支払い、自分たちの活動を補強するものとして使用した。

全体として、報告書は一般的に公表されている戦争記録とは矛盾していない。しかし米軍はいくつかの偽りの報告をしていたことも明らかになった。たとえばヘリコプターの撃墜は赤外線誘導式ミサイルによるものではなく一般的な兵器を使用したと公表したり、特殊部隊が実施した作戦を、アフガン軍が実施したものと偽った。

(中略)日曜日にホワイトハウスの国家安全アドバイザーのジェームズ・ジョーンズ将軍が、Wikileaksが報告書を公表したことを非難し、アメリカは「個人や組織が機密情報を流し、米国人や我々のパートナーを危険にさらしたり、国家の安全を脅かしたことを強く非難する」と述べた。「Wikileaksはこれらの報告書に関して、我々に全く連絡を取らなかった。米政府はこれらの報告書が公表されることを、報道機関から知らされた」という。

一連の文章は、戦争に関する不完全な記録である。重要な出来事が欠けていたり、極秘情報は含まれていない。また2010年の出来事も、含まれていない(中略)。

2008年2月19日/ザーブル州 出来事の報告・脅迫ある報告によると、アフガニスタン南部で活動するアフガン国軍司令官が、タリバンの聖職者、イジャードから電話連絡を受けたという。「イジャード師がアフガン国軍司令官に投降を勧め、アフガン国軍を辞めたら10万ドルを提供すると申し出た」。「イジャードは、このアフガン国軍司令官がどこ出身で、家族のことも知っていると言った」という。

2009年5月9日/クナール州タリバン司令官のジュマ・ハーン師が、殺害された戦闘員の葬儀で追悼演説をした。人々の情感に訴え「ジュマは人々に、女性が赤ん坊をあやしている最中に、2人とも殺害されたと泣きながら語った」。最後に「このような悲劇を起こした同盟軍とアフガン国軍に憤慨するべきだと語り」、「戦いたい者は、自分や一緒に戦っている戦闘員に加わるよう呼びかけた」という。

抵抗勢力はスパイ組織やダブル・エージェント、協力者や情報提供者を使用し、同盟軍がアフガニスタンに影響力のある政府を樹立することを妨害しているという。

また政府の制服を着た抵抗勢力のことや、彼らが国内をうろつき、アメリカがアフガン国軍や警察隊に提供したフォード・レンジャーのピックアップ・トラックに乗って戦場に現れる様子を描いている。

2006年11月20日/カブール……出来事の報告・抵抗勢力の策略アフガン国軍から4台のピックアップ・トラックを奪ったあと、タリバンはそれらをカブールに持って行き、自爆攻撃に使用した。「アフガン国軍、ISAF、アフガニスタン政府を標的にするためにピックアップ・トラックを使用する」という。「4台のトラックには、攻撃に協力するために、アフガン国軍の制服を着た人間多数が同伴した」と、報告書に書かれていた。

タリバンが赤外線誘導式ミサイルを使用していることは、これまで明らかにされていなかった。軍はこれに反する声明を出していた。

スティンガーとして知られているこのような兵器は、アメリカがアフガン抵抗勢力に提供し、ソ連を追い出すために役立った。タリバンがこれらのミサイルを日常的に使用していたり、効果的に使用しているわけではなく、たびたび標的を外していた。

2007年5月30日/ヘルマンド州……出来事の報告・ヘリコプター撃墜アメリカのチヌークヘリコプターが離陸した直後、簡易赤外線誘導式対空ミサイルと説明されるもので攻撃されたと、目撃者が説明する。

ヘリコプターは「ヘルマンド河を横切った直後、ミサイルで攻撃された。ミサイルは機体の左のエンジンに命中した。衝撃で尾翼が吹っ飛び機体は炎上し、真っ逆さまに墜落。生存者はいなかった」。この墜落で米兵5人と英兵とカナダ兵がそれぞれ1人ずつ死亡した。

多数の目撃者がミサイルが後ろに煙を吐きながら、ヘリコプターに向かうのを見ている。煙を吐いていることが、重要な要素である。ロケット推進手榴弾は、煙を吐かない。赤外線誘導式ミサイルは、煙を吐く。他のヘリコプター乗員は、対空ミサイルによる攻撃だったと報告している。しかしNATO報道官は、ロイター通信にそうは語っていない。「現場に敵の戦闘員がいることは確かだ」と、ジョン・トマス少佐が語った。「しかし、小兵器がヘリコプターを撃墜することは不可能だ」。

報告書には、米軍の撤退が予定されている最中に、がっかりするようなアフガン警察と兵士たちの現実を描く(中略)。

2009年11月13日/ヘルマンド州……出来事の報告・無人偵察機行方不明報告には、これまで報告されていなかった多数の無人偵察機や空軍のミサイルを搭載した無人偵察機、抵抗勢力を追うリーパーがアフガニスタンで活動していることが記録されている。ここ数年間で、軍はアフガニスタンで無人偵察機を使用するようになった。現在米空軍はアフガニスタン上空で、無人偵察機やリーパ機を毎日約20機飛ばしている。イギリスやドイツも、自身の偵察機を飛ばしている。

これらの機体が行なうさまざまな活動が、記載されている。写真撮影、電子通信を傍受、戦闘場面の映像を野戦本部への送信、爆弾やミサイルを使用して抵抗勢力に対する攻撃する。また米特殊部隊を援助するためにも、武装した無人偵察機が使われる。

アフガニスタンにおける無人偵察機を用いた戦争の、こっけいな様相も伝える。ミサイルを発射するロボットが、シャベルを使う抵抗勢力を殺害する。ローテクだが尽きる事のない抵抗運動に対する、遠隔操作戦争。

2008年12月9日/カンダハル州 出来事の報告・力の誇示ある冬の夕方、アフガニスタン南部で空軍の無人偵察機が、抵抗勢力の一団がアメリカの前哨基地Forward Operating Base Hutalから2マイルしか離れていない道路沿いに、簡易爆弾を設置している様子を捉えた。

パキスタンの国境地帯を極秘に偵察するCIAの無人偵察機と違い、この機は、特定の日にアフガニスタン国内をパトロールする、軍の12機のなかの1つだった。

抵抗勢力を発見した数分後に、無人偵察機はヘルファイア・ミサイルを発射し、暗闇の中で穴を掘っていた人間1人を除いて、全員をきれいに消し去った。地上軍が6万ドル相当のミサイルによって生じた大きなクレーターに到着すると、残っていたものはシャベルと金てこだけだった。

2009年9月13日/バダクシャン州……出来事の報告・行方不明の偵察機戦闘目的のためにアフガニスタン南部を飛行していた空軍の武装偵察機、リーパー1機がはぐれた。高性能レーダーと洗練されたカメラ、ヘルファイア・ミサイルと500ポンド爆弾を搭載したリーパーは、アメリカにある基地で偵察機を操縦していたパイロットと、衛星交信ができなくなった。

パイロットは何度も偵察機をコントロールしようとしたが、反応がない。アフガニスタンにいる軍は、模型飛行機のような、隣りの丘の上を旋回するレイブン、デザート・ホークなどという名前をつけられた、小さな5ポンド偵察機を多数失っていることが明らかにされる。しかしこれまで、翼幅が66フィートもあるリーパーをなくしたことはなかった。

最後の手段として司令官たちは、空軍のF15Eストライク・イーグルジェット戦闘機に、1300万ドル相当のこのリーパーがタジキスタンに入る前に撃ち落とすことを命じた。

地上の操縦士たちは、アフガニスタン北部の無人地帯を選び、ジェット機がサイドウィンダー・ミサイルを発射してリーパーのターボエンジンを破壊した。すると突然衛星通信が通じるようになったが、すでに遅かった。朝の5時半、遠くの山肌に墜落するように、操縦士が操った(中略)。

2008年4月6日/ヌーリスタン州……出来事の報告・戦闘グリーン・ベレーとアフガン軍の小隊が、ショック谷の高みに建てられた土でできた建物に向かって岩をよじ登っていた。タスク・フォース・ブッシュマスターと呼ばれるこの一団は、抵抗勢力が拠点とする建物の中から、銃弾の雨を浴びた。

一団はヘクマチアルのヒズビ・イスラミの幹部を逮捕するためにやってきた。しかしすぐに、この僻地の雪山の上で多数の戦闘員に包囲されていることがわかった。補強部隊の到着までは、まだ数時間かかる。

銃撃戦は7時間に及び、グリーン・ベレーは60フィートの岩の突き出しからほとんど動けなかった。犠牲者が増えていった。昼近くになるまでに、米国人の半分が負傷していた。しかし抵抗勢力は到着した救援ヘリコプターを銃撃することに専念し、着陸を阻止しようとした。

「タスク・フォース・ブッシュマスターは、自分たちの戦闘能力が不足しているために、補強部隊を要請してきた」。しばらく無線が途切れる。空軍が現場に到着し、2000ポンド爆弾を建物に投下した。しかし抵抗勢力は山を降り続け、足止めをくらっている一団に向かっていく。

タスク・フォースは、「ブッシュマスターを襲撃するために、50〜100人の抵抗勢力が移動している」と報告する。負傷した米国人と死亡したアフガン兵2人を抱えて、一団は谷底に到着する。やっとヘリコプターが到着し、死者と負傷者を救出した。

グリー・ベレー10人は戦いの際の行動が讃えられ、シリバー・スターを受け取る。ひとつの作戦で授与された勲章の数としては、ベトナム戦争以来、最高である。軍の予想だと、この戦いで抵抗勢力150〜200人が殺害された。

2008年3月8日/バグラム空軍基地……会談報告・援助の要請米軍司令官との会談が終わる頃、当時国家安全省長官だったアムルッラー・サレーが米国人たちに、CIAは今後は彼の諜報組織の予算を取り扱わなくなると告げた。これまでCIAが実質的に国家安全省を自分たちの下で動く組織として運営してきたが、2009年になるとアフガン政府は組織の予算を管理する準備を始めた。

サレーは、CIAがアフガン人スパイの資金を支払わなくなれば、予算が30%も削減されてしまうと見た。だから要求した。予算削減に備えてサレーはアメリカ人に、余っているAK47ライフルと弾薬をくれないかと申し出た。そして、もしあれば、長靴もあれば頂きたいと言った。

garrohInside the Fog of War: Reports From the Ground in Afghanistan
C. J. Chivers, Carlotta Gall, Andrew W. Lehren, Mark Mazzetti, Jane Perlez, and Eric Schmitt

■南ワジリスタンで米無人偵察機4人殺害[100725 Longwar Journal]

アメリカの無人偵察機が南ワジリスタンを攻撃し、タリバン戦闘員4人を殺害した。24時間以内に2度目の攻撃である。

無人偵察機数機とリーパー機が今日、南ワジリスタンのシャクトイ・アルガッド村でパキスタン人タリバンが使用する車輛と建物に、ミサイル4発を発射した。「アメリカの無人偵察機が、シャクトイにある抵抗勢力の建物にミサイル2発を撃ち込んだ。抵抗勢力4人が死亡したという報告を受けている」と、パキスタンの諜報関係者が述べた。「ミサイル1発が建物に命中し、もうひとつがその直後に現場に入ってきた車に命中した」。「車輛は破壊され、建物も大破して犠牲者が出た」と、パキスタンの治安関係者が述べた。タリバン戦闘員4人が死亡し、5人が負傷したという。

標的は明らかではなく、タリバン幹部やアルカイダが死亡したという報告はない。

シャクトイ・アルガッドは、ハキームッラー・マフスードの影響下にある村である(後略)。

hoonUS Predator strike kills 4 in South Waziristan
Bill Roggio

■米、今日2度目の攻撃。北ワジリスタンで抵抗勢力4人殺害[100725 Longwar Journal]

アメリカが今日、パキスタンの部族地帯を再び攻撃した。

無人偵察機かリーパー機が、北ワジリスタンのミランシャー郊外にあるダルガ・マンディ村にある建物に、ヘルファイア・ミサイル2発を撃ち込んだ。この攻撃で「抵抗勢力」4人が殺害され、2人が負傷したという。アルカイダやタリバン幹部の死亡の報告はない。

今日これに先立ち、南ワジリスタンのシャクトイ・アルガッドでも攻撃があった。ハキームッラー・マフスードの管轄下にあるこの村では、タリバン戦闘員4人が死亡したと報告されている。

過去2日の間に、南北ワジリスタンでは3度の攻撃があった。今日の2度の攻撃の前には、7月24日にナジール師の管轄下にあるワナの近くのタリバンの拠点が攻撃され、タリバン戦闘員16人が殺害された。

ダルガ・マンダイ村は、ハッカーニ組織の管轄下にある。ハッカーニ一族は、アルカイダやオマール師が率いるタリバンと、近い関係にある(中略)。

先週アメリカは、シラージュウッディン・ハッカーニの弟を、グローバル・テロリストのリストに入れた。ナシールッディンは2004年〜2009年の間にサウジ・アラビアとアラブ首長国連邦を訪れ、ハッカーニやアルカイダ、タリバンのための資金集めを行なった。

ジャラウッディン・ハッカーニの12人の息子のうちのムハンマド・ハッカーニは、今年の2月18日に北ワジリスタンのダンダ・ダハパ・ヘールで実施された、アメリカの空爆で死亡した。ムハンマドはハッカーニ組織の軍事司令官だった(後略)。

hoonThe Long War Journal: US kills 4 'militants' in North Waziristan in second strike today
Bill Roggio

■南ワジリスタンで米ミサイル攻撃、抵抗勢力16人殺害[100724 Dawn]

土曜日にアメリカの無人偵察機が、パキスタン北西部で過激派が使用していた建物にミサイル4発を撃ち込み、少なくとも抵抗勢力16人が死亡したと、治安関係者が述べた。

ミサイルは、南ワジリスタンのワナから40キロ離れたドワサラーク村の建物を攻撃した。「2機の無人偵察機がミサイル4発を発射し、抵抗勢力16人が死亡した」という(後略)。

hoonUS missile strike kills 16 militants in South Waziristan

■タイムズ・スクエア爆弾犯のハエイサル・シャーザッド、ハキームッラー司令官と同伴のビデオ浮上[Longwar Journal 100723]

タイムズ・スクエア爆弾未遂犯人のファイサル・シャーザッドが、パキスタン人タリバン指導者のハキームッラー・マフスードと握手をしている未公開映像が出現した。

昨日『フラッシュポイント・バートナーズ』が発表したビデオで、シャーザッドとハキームッラーがTTPの旗の前で映っていた。2人は立ち上がり抱擁してから握手し、シャーザッドの声でオマール師に従うハキームッラーの命令により、攻撃を実行したという声がかぶさる

「今日TTP責任者のハキームッラー・マフスードがオマール師の指令を受けて、あなた方に協力して攻撃することを計画している」とシャーザッドが語った(中略)。これまでシャーザッドはFBIに、ハキームッラーにワジリスタンで会ったと述べていた。

しかし米諜報関係者は、シャーザッドがハキームッラーに会った可能性はないと主張し、パキスタン人タリバンのタイムズ・スクエア爆弾事件への関与を疑っていた。

今回『フラッシュポイント・パートナーズ』が発表したビデオが、7月14日に浮上した、シャーザッドが殉教を告白する40分からなるビデオの一部なのかは明らかではない。『アル・アラビア』が殉教ビデオの一部を発表したが、その全体はまだ明らかにされていない(中略)(後略)。

ohThe Long War Journal: Times Square bomber Faisal Shahzad seen on video with Pakistani Taliban commander Hakeemullah Mehsud
Bill Roggio

■パキスタン人タリバン、ジハードを拡大[100723 Asia Times]

パキスタンのイスラーム協会が、4月19日にペシャワルのキサハニ・バザールで、ガスの不足を抗議する政治集会を開いた。

集会が終わりにさしかかると、14歳の自爆犯が自爆ベストを爆発させ、23人を殺害、50人を負傷させた。犯人は地元のイスラーム協会指導者や警察官を殺害することに成功した。犠牲者の中には、ペシャワルのイスラーム協会副会長のハッジ・ドスト・ムハンマドと、ペシャワルの副警視のグルファット・ハッサンがいた。

ハッサンがシーア派であったために、犯人の目的は彼だったと見られていたが、その後標的はイスラーム協会の指導者たちであることがわかった。

(中略)イスラーム協会を狙った犯行は、パキスタン人タリバンが、戦いを拡大していることを示す。6月16日にハングのタリバンは、州議会のメンバーだったイスラーム協会のフィダ・サーディを暗殺した。その後イスラーム協会指導者のハッジ・ムハンマド・ハーンを殺害し、6月23日に息子を拉致した。

(中略)イスラーム協会とパキスタン人タリバンの対立は、イデオロギー的なものであるとともに、政治的なものである。イスラーム協会とパキスタン人タリバンのデオバンドグループは、両方ともハナフィー派であるが、イスラーム協会は儀礼性よりも、政治的イスラームに重みを置く。デオバンド派はイスラーム協会指導者たちを軽蔑し、政治権力に目がくらんでいると批判する。

しかしイスラーム協会にとって最大の脅威は、TNSMのスーフィー・ムハンマドとその義理の息子のファズルッラー師である。彼らはマラカンドとスワートのパキスタン人タリバンを指導する。

スーフィー・ムハンマド師は、1980年代初めまでは、地元のイスラーム協会指導者だった。その後党内で分裂し、スーフィー・ムハンマドは権力を手に入れようとして、選挙を通じて権力を持とうとするイスラーム協会の政策に反対し始めた。

大衆はイスラーム政党に票を入れないために、イスラーム国家は選挙では達成できないと述べ、イスラーム国家の実現は、イスラーム神学者協会の創始者だったモーラナ・モードゥディ(1903〜1979)のジハード哲学によってのみ達成できると考えた。スーフィー・ムハンマドは、モードゥディの道から外れていると、イスラーム協会指導者たちを非難した。

両者の対立は、アメリカのアフガニスタン侵攻で決定的になった。イスラーム主義者やジハード組織が、アフガン人タリバンを支持して集会を開き始めた。イスラーム協会が先頭に立ち、アフガニスタンに入って米軍と戦うと主張した。

しかし数千人の支持者を率いてアフガニスタンに入ったのは、スーフィー・ムハンマドだけだった。多数がアメリカの空爆で死亡した。スーフィー・ムハンマドは生き残った仲間たちとパキスタンに戻り、イスラーム教会が自分たちを弱体化して排除するために、アフガニスタンで戦うように仕向けたと非難した。彼はイスラーム協会を許さず、復讐を計画し始めた。筆者がTNSM司令官と行なったいくつかのインタビューで、司令官たちはイスラーム協会をアメリカ人よりも敵視していることを明らかにした。

パキスタン人タリバンのどの組織が、イスラーム協会を攻撃しているか見極めることは難しい。しかしスーフィー・ムハンマドの一派が復讐しようとしていると考えることが自然だ。

パキスタン人タリバンは敵対するイスラーム主義者のグループにジハードを行ない始めれば、過激派同士の戦いとなる。その気配は強くなってきたが、もしそうだとしたら、大変なことになる。

hoonPakistani Taliban widen jihad
Arif Jamal

■米、タリバン指導者3人に制裁[100723 BBC]

アメリカは、アフガニスタンの3人のタリバン指導者と財政官に制裁を与えると、財務省関係者が述べた。

これで3人はアメリカの指名手配テロリストのリストに入れられ、アメリカ人と取り引きをすることを禁じるとともに、銀行口座を凍結し、渡航の自由がなくなる。

米軍最高司令官の要求により、大統領が命令を出した。3人は今週初めに、国連の制裁者リストにも入れられている。

オマール師の子供の頃からの友人であるグル・アガ・イシャクザイとタリバンの財務官幹部、アミール・アブドゥッラー、ハッカーニ組織のナシルッディン・ハッカーニが、テロリストのリストに入れられた。

目的は、「これらの過激派が過激な活動を実行するための資金を凍結するため」と、財務省のアダム・ズービンが述べた。

hoonUS applies sanctions to three Taliban leaders

■元タリバン報道官、アフガニスタンで逮捕[100723 AP]

アフガニスタン各地で、元タリバン報道官を含むタリバン数人が、同盟軍とアフガン軍の取り調べで逮捕されたと、金曜日に軍と政府関係者が述べた。

木曜日の夜、ガズニ州アンダール地区の2つの村で実施された作戦で逮捕された数人の中に、タリバン政権時代のタリバン報道官だったアブドゥル・ハイ・モトマインが含まれていたと、地区責任者のシール・ハーン・ユースフザイが述べた。

アフガニスタンの国際軍によると、4月以来、タリバン幹部100人以上が逮捕されたという。しかし、抵抗勢力の攻撃は、弱まっていない。

カンダハルでは、アフガン軍と同盟軍が、ヘルマンド州のナード・アリ地区で戦闘員を指揮したり備品の手配をしていたタリバン幹部司令官を逮捕した。前日には、カンダハルで活動するタリバンの兵站を受け持つ関係者を逮捕している。

東部のナンガルハール州ベヘスード地区では、アフガン軍と同盟軍が木曜日の夜に、爆弾を製造していた抵抗勢力を逮捕した(後略)。

hoonFormer Taliban spokesman captured in Afghanistan
AMIR SHAH、KABUL

■パキスタン、陸軍参謀長の任期を延期[100722 BBC]

パキスタンの首相が、タリバンとの戦いを続けるたに、陸軍参謀長の地位をさらに3年延期した。

アシュタク・キアニは、11月に退職する予定だった(後略)。

hoonPakistan extends army chief's term

■パキスタン人宗教指導者の新たなビデオ[100722 AFP]

パキスタンの過激主義宗教指導者のファズルッラー師が、銃を撃ったり自爆志願者たちと語る様子を映すビデオが浮上した。

(中略)『AFP』が入手した40分間のビデオで、ファズルッラーが自爆志願者だという一団に話し、カラシニコフを発砲していた。「政府と軍が我々と対戦している。あなた方は彼らを標的にしなければいけない」と、元気そうなファズルッラーが支持者たちに語った。スワートを平定したとする政府の主張を嘲り、「軍はスワートの人間を殺害することで、最悪のテロ行為を行なった」と述べた。「我々は敗北しない。撤退するのが我々の戦略だった。我々はまだ活動している」という。

(中略)ファズルッラーは、政府が最近スワートで平和祭典を行なったことを批判し、「不道徳と猥雑さを広めている」と述べた。また「使命を達成する」準備ができているという、10人ほどの自爆者たちを祝福した。

ohNew video shows wanted Pakistani cleric
PESHAWAR


■無人攻撃で死亡した16人の中にアルカイダ工作員[100720 Dawn]

土曜日に北ワジリスタンのエンゼール・カリ地域が無人偵察機で攻撃され、抵抗勢力16人が死亡して10人が負傷した事件で、死亡者の中にアルカイダ指導者がいたことが明らかになった。

関係者によると、建物の地下で会合が開かれていたところ、朝の10時にアメリカの無人偵察機がミサイル2発を発射した。犠牲者の身元は確認されていないが、情報源によると、アルカイダ指導者のアブ・アフマッド・タルカシュがいたという。

地元の人間によると、犠牲者のほとんどがマフスード族だというが、政府関係者は、外国人も含まれていたと述べた。

地元の人間は遺体の回収や犠牲者の救出に参加を許されなかったというが、16人の遺体と負傷者10人が救出されるのを目撃したという。攻撃時、無人偵察機4機が現場上空を旋回していた。

治安関係者が攻撃があったことを確認し、建物はアルカイダが使用していたと述べた。

hoonAl Qaeda man among 16 killed in drone attack
MIRAMSHAH

Sniffed Out By Trail Dog 0-1, 2003 - 2010.