【2005年8月8日〜8月14日】


■現金がアフガニスタンの民兵を動かしている[050814 AP]

アフガニスタンで民兵を組織することは、難しくない。毎日数ドル払えば貧しい村人を買えるし、安い兵器も入手できる。

クナール州には、10の不法民兵団がいると、米軍高官が述べる。それぞれ使命を持っているが、目的は1つだ。来月の選挙を妨害すること。

「あらゆるやつらを捕まえた。タリバン、アルカイダ、密売人、悪党、外国人戦士がいた」と、クナールで米軍を指揮しているPeter Munsterが語る。「マフィアみたいなものだ」。ヘクマチアルのネットワークにも言及する。これらの民兵たちは、来月予定されている選挙を妨害しようとしている。

(中略)新たな戦士をリクルートするために費やされている資金や、この地域に入ってくる外国人戦闘員の数から、選挙に先立ち、警戒感が強まっていると、クナールでアフガン特殊部隊を指揮しているKirimat Tanhah司令官が述べた。

「外国人でいっぱいになっている。パキスタン人、チェチェン人、アラブ人。武器が隠され、村人たちは買収されている」と、Korengal谷で米海兵隊と合同作戦を開始するに先立ち、Tanhahが述べた。

(中略)米軍とアフガン政府も、地元の民兵団を組織した。クナールでは約1000人の村人がリクルートされ、武器が配布された。この民兵団が、警察やアフガン国軍に加わっている。さらに軍は、道路、学校や診療所を建設して、村人が戦闘員になることを防止しようとしている。

しかし選挙に参加させることは、容易なことではない。

戦闘員たちはチラシをばらまき、選挙に参加しないように脅迫している。アフガン軍が用いる周波数に侵入してきて、攻撃を脅迫することさえある。「アメリカ人のボディーガードになっていると非難する」。「我々は兄弟だから、彼らの仲間になるべきだと言う。しかし彼らに、我々は自国のために戦っているのに、あんたがたは我々の国を滅ぼすことを望んでいる外国人のために戦っていると、無線で返してやった」とTanhahが語った。

戦闘員たちは、いくつかの地域では豊富な資源を持っている。衛星電話やデジタルカメラなども所持し、攻撃を記録してウェブサイトに掲載するのだ。しかし他の通信手段は、基本的なものにすぎない。「悪いやつらは丘の上から鏡を反射して、軍が近づいたことを知らせる。村人たちは買収されて、彼らのために動いている」と、米軍司令官Munsterは語る。

Tanhahによると、戦闘員たちはイスラームのために戦っていると言いながらも、ほとんどが金のために動いている。「外国人たちの多くは、お金を払うために来ているだけだ。地元の人間は、お金を払うものなら誰でもいい。タリバンであろうが、アルカイダであろうが、米軍だって構わない。金を稼ぎたいだけなのだ」。

hoonCash Said to Drive Afghanistan's Militia


■マドラッサの改革に進展なし[050814 Daily Times]

政府はここ3週間、宗教学校の改革や登録について何の対処もせず、新たな話し合いの計画や政策のガイドラインも発表されていない。

「さまざまな思惑で、対処が遅れている。新たな方針は何も提示されていない」と、ある連邦政府高官が述べた。

3週間前にアジズ首相を中心に、マドラッサの改革についての話し合いがもたれた。その後、話し合いの計画はないという。(後略)

hoonNo progress on seminary reform
Ali Waqar、LAHORE


■アフガン人10人、誘拐で出廷[050814 New York Times]

土曜日にアフガン人10人が、国連活動家3人を誘拐した罪とともに、強盗などの「さまざまな罪」に問われて裁判所に出廷したと、最高裁判所の高官が述べた。男たちのなかには、3人の有名な犯罪組織のメンバーが含まれていた。

告訴された者のなかには、有名なギャングのリーダーOmara Khanとその部下のTela Muhammadがいる。

またタリバンから派生したf Jaish-e-MuslimeenのリーダーのAkbar Aghaも、誘拐と関連したとして、拘束されている。Aghaは、捕虜を殺すという脅迫の電話をシャーナリストにかけていた。

hoon10 Afghans in Court in Kidnapping Case
KABUL


■前タリバン、抵抗運動から離れる[050814 Washington Post]

Abdul Samad Khaksarのリビング・ルームに据えたテレビに、アニメが映る。たばこを吸いながら、アフガニスタンのタリバン政権のメリットを考えた。

「タリバンはアフガニスタンにとって、期限切れの薬のようだ」と、国会選挙に立候補している42歳のKhaksarが述べた。「聖なる預言書の時代のように生きることが、望まれる。私も、彼の生き方を尊重している。しかしその時代を再現することはできない。アフガニスタンの人々には、新たな時代が必要だ」。

以前タリバン政府の幹部高官だった男の発言とは、思えない。数百人のタリバンが、いまだにアフガン政府に対してゲリラ戦を戦っている。しかしKhaksarが立候補した事実が、タリバン抵抗運動の矛盾でもある。過激派たちが選挙を妨害するために攻撃を強化するいっぽうで、パキスタンに亡命していたタリバン数百人が、政府の和解政策に参加している。有名なタリバン何人かが、国会に参加することを決めている。

ここ数ヵ月間、タリバン戦士たちが米軍やアフガン軍との戦いを強化している。しかし政府の和解プログラムは、予想外の結果を生み出している。前タリバンメンバーたち数百人が暴力を否定して、パキスタンからアフガニスタンに帰ってきた。

「大きな反応があった」と、計画を促進しているアフガン高官が述べた。「嫌気がさしている者たちがたくさんいて、順当な扱いを受けられることが保証されることを条件に、帰国した人間が大勢いる」。国会に立候補している人間には、穏健派といわれるタリバンたちがいる。前タリバン政権の内務副大臣だったKhaksarや、ムタワキル元外務大臣などがいる。

前タリバン司令官も数人いる。ヘルマンド州のRais Baghraniや、Abdul Salaam Rocketiなど。これらの者たちは、最近の抵抗運動には関わってはいなかったが、彼らがアフガン社会に再び参加したことは、心理的なインパクトを与えている。

(中略)Khaksarは、タリバン政権に入って1年もたたないうちに、タリバンに幻滅したという。タリバン司令官の家でビンラディンに会い、アフガニスタンから世界に聖戦を発信するという彼の考えに反対した。すると司令官から、ただちに「家から出て行くように命令された」という。

この出来事以後Khaksarは、政府に逆らったら殺されると考えるようになり、役職を辞退した。今日でさえ脅迫され、タリバンの拠点であるカンダハルで選挙活動はできないと恐れている。

別の候補者は、タリバンをはっきり非難はしない。前テレコミュニケーション高官のAbdul Hakim Mounibは、タリバンの音楽禁止令を批判することを拒否した。「私自身、音楽が好きじゃない」と、ガズニ州の立候補者Mounibは語る。「私は静かな環境が好きだ」。政府が音楽を聞くことを禁止するべきかどうかに関しては、「わからない。最高裁判所で扱うべき問題だ」。

あるカブール地方の立候補者で和解プログラムを受け入れた者は、自分がタリバンの一員だったことを認めることさえを拒否する。しかし前タリバンリーダー数人は、彼がここにある基地から数百人の部下を指揮していた司令官だと述べる。「タリバンがカブールのある場所を訪れたとき、村の安全のために10〜15人の部下を派遣しただけだ。それだけだ」と、Deedarというある候補者が語った。

Deedarはタリバンに、道にいた女性を殴打していた宗教警察や、タリバンに反対したカブール北部のShomali地域の住民に対する焦土作戦に抗議したという。選挙管理委員が、「Deedar司令官」の選挙ポスターと、1979年にソ連と戦った彼の経歴を持ってきた。彼がタリバン下で活動していたことは、言及されていない。

選挙キャンペーンでも、話題にならなかった。彼は共産党に反対し、カルザイを賞賛し、水や電力の不足を訴えた。

村人数人が翌日語ったことを聞くと、Deedarが警戒している理由を物語る。「Deedarがタリバン政権時代何をしたのかは、知らない。でも、もし候補者がタリバンであることがわかったら、投票しない。彼らは学校を廃止し、女性が外に出ることを禁じた。1日5回祈ることを強制した。祈りだけでは、家族を支えることはできない」。

Mohammed Yasinは、タリバン戦士をからかったために、ひどく叩かれたことがある。しかし、彼はもっと寛容だった。「彼がタリバン司令官だったことは知っている。しかし当時彼は我々にひどいことはしなかった。いい人間だった」。「タリバンに属することが問題なのではない。立候補者の人格や、行動に注目する」。

hoonFormer Members of the Taliban Turn Their Backs on Insurgency


■海兵隊員、ロバでアフガニスタンを移動[050813 AP]

現代的な四輪駆動車で山を移動することに限界を感じた米海兵隊は、古くからアフガン人たちが用いている輸送手段に頼ることにした。ロバだ。

村人たちからロバ30頭を借り上げ、アフガン軍と米軍数百人のための2週間分の食料や水を、クナール州の山中に運んでいる。

「最近のスマートな爆弾や近代兵器を持っているが、ここにいる隊に物資を補給するためには、これが最適な方法だ」と、Jim Donnellan司令官が語る。アメリカで税金を払っている者たちにとっては、空から物資を落下させ方法よりも、ロバを借りるほうが安上がりだ」。

軍を補給するために航空機を使用することは、危険でもある。6月に、特殊部隊のチヌークが撃墜され、搭乗していた16人全員が死亡した。

金曜日に開始した作戦は、米軍が警戒している地域から、戦闘員を追い出すことが目的だ。戦闘員たちが隠れているといわれる、Korengalの奥にあるトウモロコシ畑を補給部隊の拠点としながら、米海兵隊員たちはそれぞれ重い荷物を背負い、ロバには水2箱や食料、穀物の袋をくくりつけて移動する。

各海兵隊員たちは2日分の食料を自分で運ぶが、ロバたちはさらに48時間分の食料を運ぶ。一度荷物を運ぶと、ロバたちは再び返され、また荷物を運んでくる。

アフガニスタンに来る前、隊員たちの何人かは、カリフォルニアにあるMarines' Mountain Warfare Training Center in Bridgeportでロバの扱い方を訓練された。「海兵隊はアメリカ革命の時代からロバを使ってきた」。各ロバは、識別のために番号がスプレーされている。

しかしロバたちはすぐに協力を拒否し、つながれていないときには交尾しようとするために、世話人たちをいらだたせる。ある海兵隊員がロバを叩いたら、ロバはすばやく彼を足蹴りした。

アフガニスタン軍はソ連との戦いを含めて、これまでロバを用いてきた。密売人たちも麻薬や宝石、木材を運ぶために、ロバを用いてきた。

hoonDonkeys Get Marines Around in Afghanistan
DANIEL COONEY


■ムシャラフ、行動に移ることを誓う[050813 Daily Telegraph]

6年間、私はムシャラフ大統領へのインタビューを拒否され、ここ2年間、記者会見にも呼ばれなかった。しかし木曜日に初めて会ったムシャラフは、とても魅力的だった。30分のインタビューは、その日が彼の誕生日であったにもかかわらず、結局2時間20分にわたった。

しかし最近彼の信用度が疑われている。そこで私は、パキスタン人みんなが知りたがっていることを聞いた。なぜパキスタンで過激派と戦うと約束しているにもかかわらず、行動していないのか?

先月のロンドンの爆発で、ムシャラフは過激派たちを取り締まることを約束した。過激派800人を逮捕して、マドラッサで学ぶ外国人1400人の国外退去を命じた。しかしこのような取り締まりは今までもあったが、効果はなかった。

ムシャラフは、以前、自分の手はつながれていたからだと語った。2002年には、インドと10ヵ月間対立していた。国内では総選挙があったし、国内情勢が不安定だった。「しかし今、状況は以前とは異なり、私は以前より強くなった」という。

警察や官公庁に、政府は次の点について真剣であることを言明しているという。まず、改名して出現した過激派の取り締まり。「憎しみ」を広める出版物の取り締まり。そしてマドラッサの新しいシラバスを作り、12月までに登録を済ませること。

今後、政府はテロリストの区別をしないという。アルカイダや、今まで逮捕を免れていた国際的なテロリストと関係のあるパキスタン人と、カシミールの戦いのように、これまでジハードを戦い、合法的とされてきたイスラーム「過激派」との間に区別をつけない。

インドとの関係回復に、大統領は多大な期待を示している。「インドのリーダーたちが真剣であるのを感じる。カシミールの問題を解決できれば、私は過激派にもっと対処できる」。「インド人たちに、私が過激派にある程度しか対処できないと言ってある。しかしカシミールで住む所が決まれば、過激派の居場所はなくなる」。

ISIがいまだにタリバンを支持しているという報道は、誤りだと強調した。アフガニスタンに関わっている高官たちは2001年以来、「2〜3度変わった」。そして以前タリバンとイデオロギーを共有していた者たちは、誰も残っていない。「ISIが政府内政府だという人々の噂は、間違っている。政府内政府などない。政府は1つだけだ」。

タリバンの抵抗運動は、アフガニスタン内部から起きた。しかしタリバン要素の中には、パキスタンを拠点としている者がおり、国境を越えていることを認めた。

パキスタンの神学者協会に属する過激派が、パキスタン内にタリバンを匿っていることを非難した。

ここで大統領にとって重要な問題は、これまで長いこと続いてきた軍と原理主義者との関係を断ち切ることができるかどうかだ。軍と原理主義は、これまでカシミールやアフガニスタンの政策に協力し合い、過激主義を育ててきたのだ。

hoonMusharraf vows to turn fighting talk into action
Ahmed Rashid


■米軍、アフガンで作戦開始[050813 AP]

米海兵隊とアフガン国軍が土曜日に、米軍に対して激しい抵抗運動を続けてきた戦闘員たちがいる山中で、新たな作戦を開始した。今回の作戦は、これまの作戦のなかで最大規模のものである。作戦に先立ち先週、米国人7人とともに、戦闘員や市民数十人が死亡している。

米軍とアフガン国軍によると、クナール州東部のKorengal Valleyにいる抵抗勢力たちが、来月予定されている選挙を妨害しようとしているという。谷にはアフガン人反政府勢力数百人とともに、パキスタン、サウジ、チェチェンの戦闘員たちが集結している。「選挙を邪魔しないように、山に封じ込めたい」。「社会から隔離したい」と、ハワイを拠点としている3rd Marine RegimentのJohn Moshane大将が述べた。

海兵隊員とアフガン特殊部隊員たちが木曜日に、谷の奥を目指して移動し始めた。Kandagal村のトウモロコシ畑を補給基地として、迫撃砲や機関銃のためのピットを掘り始めた。

抵抗勢力たちはすぐに反応し、米軍ポストや車隊に向かってロケット弾を発射したが、命中しなかった。

米軍とアフガン軍は金曜日と土曜日に、ロバに食料や水を積んで、山中に入った。A-10戦闘機も、上空を旋回していた。作戦は少なくとも2週間続く予定だという。

作戦の最大目的は、地元タリバン司令官で、6月28日の攻撃を指揮したと言われるAhmad Shah、別名Ismailのネットワークに打撃を与えることである。Shahは、パキスタンにいるアルカイダ戦闘員たちと関係があると言われる。

海兵隊の司令官のJim Donnellanによると、谷にはShah以外にも、アルカイダやヘクマチアルに従う「悪い奴ら」がたくさんいるという。材木や宝石密輸に携わっている犯罪者たちも、多数いるらしい。

「暴漢をはじめ、金をばらまいている政治犯などもいる」。「村人たちはお金で買収され、戦闘員たちに協力している」と、Donnellanが述べた。

6月28日に海兵隊員を匿ったために、抵抗勢力に脅迫された地元の牧童は、身を隠しているという。この牧童の近所の隣人のWaliによると、「男たちが、彼を殺害すると脅迫するちらしを、村にばらまいていた」。「彼の妻や子供たちは村の者に匿われているが、彼は逃げなければならなかった」。

Waliによると、牧童は家畜を放牧している最中、奇襲隊員が隠れているのを発見したという。海兵隊員はAlamに銃をつきつけたが、彼は武器を持っていないことを示した。Alamは海兵隊員を家に連れ帰り傷の手当をしてから、近くの米軍基地に知らせにいった。パシュトゥン族であるAlamがアメリカ人を匿ったのは、「それが我々の文化だからだ」という。「助けを乞うてきた者は、誰でも助ける。まぁ、ビンラディンは別だ。我々の国をめちゃくちゃにしたから」と、Waliが語った。

hoonAP: U.S. Troops Begin Afghan Offensive
DANIEL COONEY


■カンダハルで爆弾が爆発[050812 BBC]

カンダハルのマーケットで爆発があり、1人が死亡した。

Char Sooマーケットの爆発で、女性と子供を含む6人も負傷した。このマーケットは女性客が多いことで有名である。

hoonExplosion rocks Kandahar market


■カーン博士の義理の息子、外交官に暴力で逮捕[050812 AFP]

アブドゥル・カディール・カーン博士の義理の息子が、イギリスの外交官2人に暴力を振るったとして逮捕された。

ビジネスマンのSaad Ali Khanが、日曜日早朝にイギリス人男女に暴力を振るったために、カーン博士の自宅のそばで逮捕された。

「Saad Ali Khanは、現在警察に拘束されている。被害者を殴り、脅迫した」と、パキスタンの警察筋が『AFP』に述べた。「イギリス人外交官2人が日曜日の早朝に、イスラマバードの住宅街で暴力を振るわれた」と、イギリス大使館報道官のSimon Smartが述べた。

hoonAbdul Qadeer Khan's son-in-law held over attack on diplomats
ISLAMABAD


■オサマ・ユーサフの部下2人逮捕[050812 Daily Times]

警察関係組織が、オサマ・ビン・ユーサフの部下と思われる2人の男を逮捕した。逮捕されたのはMohammad TariqとMohammad Azamで、現在取り調べを受けている。

hoon2 aides to Osama Yousaf arrested
FAISALABAD


■タリバン司令官を殺害とアメリカ[050812 Reuters]

金曜日にタリバン司令官が射殺され、米兵が訓練の最中に死亡した。またカンダハルのマーケットで爆弾が爆発し、女性と子供を含む4人が負傷した。

米軍によると、火曜日にタリバン司令官のQari Amadullahが、アフガニスタン東部のWazikhwa付近で殺害された。「Amadullahはこの地域で、約50人のタリバンを指揮していたと思われる。ロケット弾やロケット推進型手投げ弾など、多数の武器を持っていた」。タリバン報道官のハキーミも、この出来事を確認した。

Amadullahは、アフガン軍と米軍バラシュート隊との対戦で、5人の戦闘員とともに殺害された。この戦闘で、米軍兵士3人も負傷している。「この人物を殺害したことは、タリバンにとっては大きな痛手のはずだ」と米軍のJames G. Champion准将が述べた。

また米軍兵士が、カンダハルのTarin Kot付近で、爆発物を扱った訓練の最中に死亡したという。

hoonU.S. says Taliban commander killed in Afghanistan
KABUL


■米軍関係者、アフガニスタンで殺害される[050811 AP]

抵抗勢力たちが木曜日に、米軍エンジニアのグループを襲撃し、軍関係者1人を殺害、1人を負傷させた。

抵抗勢力たちは、小型武器とロケット推進型手投げ弾で、エンジニアたちの車列を襲撃した。エンジニアたちは、パクティア州の道路建設計画に従事していた。(後略)

garrU.S. Service Member Killed in Afghanistan
KABUL


■ワナの爆発で4人死亡[050811 News]

水曜日にワナで、ラシュカルを組織して南ワジリスタンにいる外国人戦闘員を取り締まろうとしていた長老が、爆発で負傷した。一緒にいた2人の甥と別の部族民2人も死亡した。

40代後半のMalik Khadeenは、爆発に巻き込まれた通行人1人ともに、ワナの病院に運ばれた。(中略)Malik Khadeenと甥たちがZha Ghundayの自宅に車で帰る際、遠隔操作爆弾が爆発した。難を逃れた運転手によると、爆発はZha GhundayにあるMalik Khanzadaの家に到着したときに発生した。Malik KhadeenとMalik Khanzadaは仲違いをし、ワナにあるMalik Khanzadaの店舗と車が爆発のあとに、銃撃されている。Malik Khadeenの親戚の仕業ではないかと疑われている。

Malik Khadeenは南ワジリスタンの外国人や部族民戦闘員たちに対する軍事作戦を支持し、Ahmadzai Wazirのラシュカルの司令官だった。

いっぽうワナでは最近、首を切られた3遺体が発見され、人々を恐怖に陥れている。3人目の遺体は3日前、Zha Ghundayで発見された。遺体は外国人だったようだ。

これに先立ち、アフガン難民とSulemankhel族の遺体が、アザムワルサックで発見された。3人ともナイフで首を切られ、遺体は放置されていた。地元の部族民によると、首を切られたということは、3人ともアメリカやパキスタン政府のスパイだったことを意味すると述べている。

garrFour killed in Wana blast
Sailab Mahsud、TANK


■米軍の攻撃、アフガン人3人を殺害[050810 AFP]

米軍戦闘機がアフガニスタン南部で村を爆撃し、アフガン市民3人が死亡したと、医師と目撃者が述べた。

ザーブル州のデーチョパン地域Mara村で、タリバンと米軍との間で戦闘が発生した。「一般市民の家2件が爆撃され、3人が死亡、6人が負傷した」と、負傷者の親戚が『AFP』に述べた。爆撃で男性2人と女性1人が死亡し、女性4人に加え、子供と老人がそれぞれ負傷した。(後略)

garrUS air strike kills three Afghans
QALAT


■テロビデオ、本物とアルアラビア [050810 AP]

オーストラリア訛の英語を話す男が欧米に対してテロ攻撃をすると脅迫する、アラブのテレビが放映したビデオは本物だと、ニュースキャスターが述べた。

アルアラビア衛星放送の編集者Nabil Khatibが『Fairfax』新聞に、ビデオにはアルカイダの「リーダー格戦士」数人が映っていたために、テープは本物だと述べた。

テープには、中央アジア、パキスタン、サウジの人間が映っていた。「ほとんどがムスリムだったが、アラブ人がいなかったことにびっくりした」という。「だからこそ、アルカイダはこのビデオを見せたかったのだろう。アラブ人だけが、活動に加わっているわけではないということだ」。(後略)

hoonTerror video genuine, says Al Arabiya


■パキスタン人イマーム、テロ訓練所計画で告訴[050810 New York Times]

FBIが入国管理裁判官に、パキスタン人のイマームがローディでマドラッサを作り、アメリカ人を殺害するための訓練をすることを計画していたと述べた。

6月に逮捕されたShabbir Ahmedは、無効のビザで不法滞在していたことで告訴された。裁判官は、Ahmedは国家にとって危険人物とみなし、保釈を拒否して拘束することを命令した。(後略)

hoonPakistani Imam Is Accused of Planning Terror Training
CAROLYN MARSHALL 、SAN FRANCISCO


■ムシャラフのダブル・ゲーム、再浮上[050810 International Herald Tribune]

7.7以後、ムシャラフは再び国際社会の圧力を受け、アルカイダと関係のある地元過激派やマドラッサの取り締まりを強いられている。その結果、パキスタン軍とISI、イスラーム原理主義政党との間に、深刻な亀裂が生じてしまった。

ムシャラフはパキスタンに対する国際世界の批判を、ブレアがイギリスでイスラーム原理主義を放置しているせいだと非難して応酬した。(中略)

パキスタンのイスラーム原理主義政党は、軍に協力してきた。しかし外からの圧力により、この関係が崩れつつある。

MMAのマウラナ・ファズルール・レーマンが日曜日に突然、軍がアフガニスタンで戦う過激派に協力していると述べ、欧米を欺きながらジハード訓練所を援助していると発言した。「世界に我々がジハードを支持したいのか、それとも取り締まりたいのか、はっきり示さなければならない。もはやごまかしは許されない」と述べた。

レーマンは20年近く、国内の最も強力なイスラームリーダーだった。彼はイスラーム神学者協会JUIを率い、パシュトゥン族の部族地帯における、最も優勢な原理主義政党である。2002年以後、イスラームJUIは北西辺境州とバローチスタンに君臨してきた。

JUIは諜報組織と密接につながりながら、現在アルカイダに協力している反欧米の過激派を育ててきた。1990年代には、JUIはアフガニスタンのタリバン政権に、人材や武器を供給した。9.11以後、JUIのムラーたちは、JUIが運営するマドラッサの学生をタリバンに送り込んでいた。

現在、JUIと軍との間に、深刻な亀裂が生じている。アメリカの圧力のもとで、タリバン抵抗運動の説明を求められた。ペシャワル警察司令官のサフダル・フセイン准将は7月25日に、タリバンはパキスタン人一般から、特にパキスタンの宗教政党から支持されている」と述べた。これは案に、JUIやレーマンをほのめかしていたことは、明らかだ。

8月1日に、レーマンはリビアからパキスタンに向かう途中、ドバイ国際空港で拘束され、国外追放になった。アラブ首長国連坊の高官は、彼がテロリストのリストに入っていることをほのめかした。レーマンは、パキスタン政府がこの屈辱を晴らすために動かなかったことを非難した。

外国人学生をマドラッサから追放するというムシャラフの方針も、JUIに対する攻撃だった。パキスタンではJUIのマドラッサが一番多い。レーマンとMMAの他のリーダーたちは、ムシャラフに対抗し、政府を覆すためのキャンペーンを開始すると脅迫している。

原理主義者たちは、ムシャラフのリベラル的な態度を快く思わず、自分たちの政党を守る構えだ。またパキスタンの恥部を、自分たちのせいにしていることにも、憤りを感じている。以前イスラーム過激主義を繁栄させていたのは、軍であった。

レーマンは、軍はその過去の政策に責任があり、アメリカの圧力を受けたからといって、すべてをイスラーム政党のせいにするべきではないと主張し、軍を攻撃している。

原理主義政党は、ムシャラフが彼らの影響力を押さえようとしていることを感じ、不安を隠さない。しかしここで注意すべきことは、レーマンやその仲間たちが、ISI関係者たちの秘密を暴露し、軍の信用が国内外で崩れることだ。

ムシャラフは難しい立場に立っている。9.11以後、なんとか2頭立ての馬に乗ってきた。しかし今、パキスタンの政治組織は徐々に崩れる危険性をはらんでおり、ムシャラフが支持を失っていけば、いつか完全に失墜するだろう。

hoonMusharraf's double game unravels
Ahmed Rashid


■戦闘員、アフガン女性「スパイ」を殺害[0850810 BBC]

タリバン戦闘員が、アメリカのスパイだというアフガン人女性を殺害した。

銃を持った男が火曜日に、ザーブル州で女性を殺害した。女性の名前は明らかにされていない。タリバンが女性を殺害したのは、初めてのことである。

いっぽう、火曜日にアフガニスタン中部で起きた爆発で負傷した米兵が、死亡した。

火曜日に、ザーブル州のミザン地域にある女性の家に6人の戦闘員が突入したと、地域の責任者Haji Mohammad Younusが述べた。男たちは女性を家から引きずり出して銃殺した後に、彼女の兄と父親をバイクで連れ去ったという。

タリバン報道官のハキーミが、女性を殺害したのは「アメリカのためにスパイをしていた」ためだと主張した。男性2人も拉致されたが、生きているという。

火曜日にガズニ州で爆弾の爆発し、負傷した米兵が死亡した。先週から、米兵が5人死亡している。兵士はバグラム空港に運ばれた後に、死亡した。

パトロール中に車が衝突し、NATOのドイツ人兵士1人も死亡した。

garrMilitants kill Afghan woman 'spy'


■アルカイダのビデオ、軍を脅迫 [050809 AP]

アルカイダのビデオが、ヨーロッパ人、アラブ人などを含むアフガニスタンの戦闘員たちが米軍を攻撃する準備をしている様子を映し、米軍のラップトップだと主張するものを見せびらかした。

『アルアラビア・テレビ』で放映されたビデオでは、覆面をした男たちが「我々を爆撃すれば、我々も爆撃する!」と叫ぶ男をインタビューし、爆発物を爆弾に詰め込む様子を映し出す。

(中略)「抑圧者の戦争」と題された3部からなるビデオは、アフガンの山中の荒れ地にキャンプする、戦闘員たちの数ヵ月間の生活を映している。

男たちは焚き火で茶を沸かし、屋外で祈る。その後米軍に対する「十字軍に対する作戦」を、仮設教室で講釈する。

あるシーンでは、チヌークを撃墜したのはアルカイダだと主張する。アルカイダ幹部のAbd al-Hadi al-Iraqiや、米軍A-10が山の斜面を爆撃する様子、そして地面に伏せて痙攣する米兵のクローズアップが映し出される。

スカーフで顔を隠したAl-Iraqiが、アフガニスタンとイラクのアメリカによる戦争は、ビンラディンとオマール師の呼びかけに応じて、テロリストをリクルートする「2つの前線」を作ったと主張。「世界はオマール師とシェイク・オサマのもとで団結した」。

アメリカ、イギリス、イスラエル、インドでムスリムが殺害されていることに復讐していると主張する、髭を生やした戦士たちのインタビューが行なわれる。「これがテロリズムや原理主義だというなら、それでいい。我々はテロリストや原理主義者だ」と、Bilalと名乗るパキスタン人がウルドゥー語で語る。

AK-47を持って黒いローブをまとい、中に軍隊式ベストを着用したイギリスあるいはオーストラリア訛の男が、欧米人に「ブッシュとブレアの嘘」を警告する。「ムスリム世界は、あんたらの裏庭ではない」と叫び、「イスラームに従順な息子たちは、我々の息子を殺害することを許さない。我々は平等になるべきだ。あんだが殺せば、殺される。爆撃すれば、爆撃される」。

髭を血で染めながら、仰向けに横たわって死んでいる兵士が映し出される。おそらくアフガン人兵士だろう。緑のカモフラージュ模様の制服を着ている。戦士たちは彼のライフルを見せる。アメリカ製のM-16だ。

別のシーンでは、爆弾製造員たちが、プラスチック爆弾を削りとり、オイル缶のなかに、釘とともに詰め込んでいる。道路脇に爆弾を埋め込んでいる場面もある。

その後青いSUVが道路を走ってくる。クナール州の治安部隊責任者が乗っているというテキストが出る。そして予告なしに、車は大きな火だるまになる。おそらく6月28日に発生した爆発だろう。州警察責任者と2人の高官が殺害された。

さらに米軍から奪った道具が映し出される。ラップトップ、M-16、軍無線機、GPS、殺害された海兵隊員Danny Phillip Dietz Jrの国防省のIDカード。Danny Phillip Dietz Jrは6月28日に派遣された4人の補給部隊員のうち、殺害された1人だ。

戦士たちはラップトップのハードドライブを検証し、「公的使用のみ」と書かれたドキュメントを見せ、アメリカやイギリスの大使館の位置を示すカブールの地図などを映す。

映像はアラビア語で書かれているが、英語、フランス語、パシュトゥ語、ウルドゥー語を始め、イエメン、サウジ、イラクなまりのアラビア語でインタビューが行なわれている。

『アルアラビア』の責任者Baker Atyaniは、先週テープを受け取ったと述べたが、入手経路については語らなかった。

garrPurported al-Qaida Video Threatens Troops
JIM KRANE、DUBAI


■ネオタリバン、パキスタンでメディアに登場[050809 Radio Free Europe]

「タリバン報道官とはいったい誰?」というコメントに答えて、政府が発行している日刊紙『Anis』は、アフガニスタン政府に対立している抵抗勢力が、なぜパキスタンからやすやすとメディアに接触できるのか、疑問を投げかけた。

《タリバンの死、ネオタリバンの興隆》

タリバン崩壊後、その残党がアフガニスタン南部や東部で、テロを開始した。ゆるやかな組織であるネオタリバンは、アフガニスタンやパキスタンの部族地帯を基地としている。カブールによれば、パキスタンの軍隊、諜報部、宗教組織から支援されている。

ネオタリバンは、2002年頃から活動を開始したが、2003年になって初めて一般民衆に声明を発表した。2003年2月に、ペシャワルのAfghan Islamic Press(AIP) がAmir al-Mo'menin(イスラームの僕)オマール師が署名したファトワを発行した。アフガニスタン周辺の「有名な学者1600人が、2つの事項を取り上げた」とある。

まず最初に、「アメリカがイスラームを侵略し、アフガニスタンを抑圧しているために、ジハードを実行するのはすべてのムスリムの義務」だという。次に、「異教徒に協力する者は」死に値する。(中略)今後、同盟軍やアフガン政権のために働く人々は、「異教徒」と見なされるという。(中略)

6月にネオタリバンの報道官といわれるMohammad Mokhtar Mojahedが、10人議会の創設を表明した。3ヵ月後、Hamed Aghaがオマール師のもとで10人議会を設立され、自分がネオタリバンの報道官に任命されたと表明した。

それ以後、ネオタリバンを主張する何人かの人間が出てきたが、それぞれ言うことが矛盾していた。ネオタリバンの報道官としては、MojahedやHamed Aghaを始め、Mullah Abdul Samad、Mohammad Amin、Saif al-Adl、Ustad Mohammad Yasir、そして『Anis』が指摘する人物、ムフティ・ラティフッラー・ハキーミがいる。

2004年2月に、Saif al-Adlのコメントに反して、ネオタリバンはHamed Aghaだけがタリバンの報道官だという声明を、各報道機関にファクスした。その後2004年になると、ハキーミがネオタリバンの報道官として頻繁に登場するようになる。彼はHamed Aghaと違ってファクスではなく、直接電話のインタビューに応じ、パキスタンをはじめ、欧米やカブールのメディアと接触してきた。

2004年12月にハキーミは、Mohammad Yasirが「タリバン文化議会の責任者としてHamed Aghaを任命した」と述べた。カラチで発行されている新聞『イスラーム』によると、2005年1月にMohammad Yasirがネオタリバン報道官に任命され、ハキーミはその部下だという。Mohammad Yasirはアラブのテレビに出演しているが、ハキーミは2004年後半以後、ネオタリバンの声となっている。

《ネオタリバン報道官とは誰?》

ハキーミのラストネームは、「ラティフ」「アブドゥル・ラティフ」「ラティフッラー」など、メディアによっていろいろである。「ムフティ」「マウラウィ」「ムラー」など、宗教的称号も多様だ。彼は素性は不明である。1999年の初めに、タリバン政権下のカブール政府のラジオ局、『シャリアの声』では、ハキーミをヘラート司法部門の責任者としている。その後1999年と2000年に、タリバンが運営するメディアで、ハキーミはヘラートの情報・文化部門の責任者として言及する。これらにおいてハキーミはムフティ・ラティフッラー・ハキーミだった。

ハキーミがタリバン政権では実のある人物だったという事実に、『Anis』やアフガン政府は居心地が悪さを感じている。6月に、カルザイ大統領の報道官だったJawed Ludinがイスラマバードに電話をかけ、メディアに接触してくるネオタリバンを含めて、彼らのすべての活動を取り締まるよう要求した。Ludinはハキーミはクエッタに住んでいると非難した。さらに『Anis』では、ハキーミはクエッタで「特殊」な電話番号を持つ事務所を持つと主張している。

《ネオタリバンのメディアキャンペーン》

最近ネオタリバンはそのテロ活動や妨害活動を強化しているだけでてく、メディアを堂々と利用するようになった。

4月に、カンダハルの住民はハキーミが言う移動放送局から、再び『シャリアの声』を聴くことができるようになる。数回放送した後に途絶えてしまったが、ネオタリバンがラジオ波を流したという事実から、それが数時間の間であったとしても、誰か協力者がいたことは明白だ。現在はアクセスすることはできないが、7月にはウェブサイトも立ち上げた。

ネオタリバンが活動している地域では、自分たちが単に政府を転覆させようとしているテロ組織ではなく、正式な反政府組織であることを外のメディアにアピールしている。ハキーミは電話番号を逆探知されることを恐れず、ほとんど毎日、メディアとの長いインタビューに応じている。

『Anis』が驚きを持って質問を投げかけるように、なぜ最新のテクノロジーを用いて彼の電話からその居場所を特定できないのか? なぜハキーミは逮捕されないのか?

smellNeo-Taliban Free To Communicate With Media in Pakistan
Amin Tarz


■レーマンの驚くべき疑惑[050809 Daily Times]

イスラーム神学者教会の会長で、国会野党のリーダーであるレーマン(Maulana Fazlur Rehman)は、政府に激しくくってかかった。ラホールで実施した記者会見には、さまざまな思惑があったようだ。その後、政府に対する発言に関して、直接的あるいは間接的に否定してはいるものの、大多数の新聞がさまざまなヘッドラインで、彼の言葉を載せた。

レーマンは、パキスタン政府がアメリカと欧米を欺き、過激派がワジリスタンからアフガニスタンに侵入することに協力しているという。政府はこれらの者たちの身元を明らかにし、そのような行為をしている理由を国民に説明するべきだと述べた。これらの人間はアフガニスタンに派遣される前に、ワジリスタンからマンセーラの軍事訓練所に送られているという。

これは爆弾発言である。レーマンは、なぜこのような大胆な発言をすることにしたのか? その答えは、次の言葉にあるかもしれない。「もし強制されれば、パンドラの箱を開けてしまうような事実を暴露する」。つまりレーマンは政府の圧力を受けており、政府にそれをやめるように、暗にほのめかしているのだ。

しかし、まだ疑問が残る。なぜMMAのレーマンがこのような発言をするのか? レーマンは一時期タリバンと志を同じくしており、反米・親タリバン発言をしていた。なぜ彼は、パキスタンとカルザイ政権の関係を壊すような発言をするのだろうか。答えを知るためには、パキスタンがアフガニスタンに関わっていた時期に遡る必要がある。

当時ジハードのくびきは、イスラーム協会だった。アフガニスタンでソ連と対抗していたのは、イスラーム教会とISIたった。パキスタンが支持していたのは、ヘルマチアルのヒズビ・イスラミである。レーマンとサミウル・ハクが率いるデオバンド派のイスラーム神学者協会の組織は、有力メンバーから外れていた。しかしソ連の撤退後の1990年代にアフガニスタンが市民戦争に突入してから、イスラマバードがタリバンを用いる政策を開始してから、イスラーム神学者協会はアフガニスタンで動き始めるチャンスをつかんだ。当時レーマンはベナジール・ブット政府と近かった。しかし現実的にはタリバンとなったのは、ハクが中心となるイスラーム神学者協会の一派で、Maulvi Nabi Mohammadiの支持者たちだった。JUI-Sの神学校で学ぶ者たちである。

この時期レーマンは、政治的にも宗教的にも衰退していた。しかし彼は反米発言を繰り返して宗教票を集め、オマール師と親しくなる。同時に、自分の政党を確立しようとした。アメリカがアフガニスタンを攻撃したころになると、レーマンは地盤を確立していた。いくつかの要素が重なった。政府はMMA、特にイスラーム神学者協会を支援したこと、神学校の学生たちの動員し、パシュトゥン族、親タリバン感情、そして反米感情によって、イスラーム神学者協会はMMAの中で最大票を獲得した。それ以後レーマンはうまく立ち回り、北西辺境州のなかで、確実な地位を築いた。唯一彼に対抗しているのが、政府と直接対立しているイスラーム協会会長のQazi Hussain Ahmedの原理主義だけだ。

レーマンの目的は明らかだ。彼は北西辺境州とバローチスタン州を確保し、政治的基盤を保ちたい。また、自分の宗教的目的を守りたい。なぜならその目的は、彼の政治力となるからだ。したがって彼は政府を非難するが、力の関係を壊すようなことはしない。彼は自分を、過激派的要素やジハード組織からは遠ざけておきたいのだ。政府は外的圧力により、原理主義者たちを取り締まらなければならなくなった。また政府はMMAとの同盟を見直そうとしている。こういうことから、彼はイスラマバードに食ってかかったのだ。

レーマンは、自分の政治的目的に宗教を利用している。彼はイスラーム神学者協会のような穏健派宗教勢力が、不当に扱われていると感じている。だから彼は「支配者たちに、Kaali Sarak経由でワジリスタンからアフガニスタンに入っている人間の身元を明らかにすべきだ」というような、具体的な発言をしたのだ。宗教者(イスラーム神学協会の)が部族地帯で平和のために努力しているにもかかわらず、彼らが宗教的過激主義や過激派を広めていると政府が非難している、と訴えていることから明白だ。

レーマンは、彼がドバイで入国を拒否された件で、政府が動かなかったことにも腹をたてている。(中略)

レーマンの告発は重大である。このような発言をする前に、よく考えるべきだった。今後彼はこれを否定するだすう。しかしすでに打撃を与えてしまった。

smellFazlur Rehman's shocking allegations


■レーマン、政府がテロリストを訓練したと非難したことを否定[050809 Daily Times]

国会野党のリーダーで、MMA会長のレーマンMaulana Fazlur Rehmanは月曜日に、政府がテロリストを訓練してアフガニスタンに送り込んでいると非難したことを否定した。

レーマンによると、パキスタン政府がテロリストを訓練してアフガニスタンに送っているとした英字新聞の報道は、自分が日曜日にラホールの記者会見で述べたこととは関係がないという。

smellFazl denies accusing govt of training terrorists
ISLAMABAD


■米兵、アフガニスタン南部の戦闘で死亡[050808 AP]

アメリカの軍人1人とタリバンが少なくとも16人、アフガニスタン南部の戦闘で殺害されたと、米軍が火曜日に発表した。

アフガン軍と米軍が月曜日にザーブルのデイ・チョパン地域で、かなりのスピードを出して走行中に襲撃され、銃撃戦となった。米軍と同盟軍の航空機が、援護にかけつけた。死亡した軍人の名前は明らかにされていない。

hoonU.S. Soldier Dies in Southern Afghan Fight DANIEL LOVERING, KABUL


■オサマ・ビン・ユーサフは重要なアルカイダ工作員[050808 Daily Times]

日曜日にファイサラバードで逮捕されたオサマ・ビン・ユーサフは、アル・リビやアムジャッド・ファルーキと近い、重要なアルカイダ工作員だったと、諜報部高官が述べた。

「ユーサフはアルカイダ組織の人間で、過激派に戦略的指示を提供していたことを認めた」という。彼の電話番号がアル・リビのメモにあったために、監視されていた。ユーサフは、イタリア、ドイツ、イギリスなどに電話をかけていた電話局に設置されていた、Cellular Call Tracking System(CCTS) で追跡され、逮捕されたという。「木曜日に、イギリスにいる誰かに電話をかけた。金曜日にはイタリアにかけ、土曜日には2度、ドイツに長時間かけた」という。

諜報組織が追跡できないように、携帯電話をかけ終わると電源を切っていたが、海外に電話をかけいてる最中にCCTSが彼の居場所を追跡し、逮捕した。「日曜日にペシャワルに電話をかけた後に逮捕された。電話をかけ終わったとたんに、警察関係者に逮捕された」。

彼は1992年にアフガニスタンに行って、ゲリラ訓練を受けたと話しているという。1993年にはアフガニスタンで敵と戦い、負傷した。1995年に再びアフガニスタンに行き、そこでアルカイダのリーダーに紹介されたという。イタリア、ドイツ、パキスタン、イギリスの地図と、クレジットカード、コンピューター、数十枚のCD、手榴弾、AK-47や弾薬が押収された。

hoonOsama Bin Yousaf important Qaeda operative: officials
Mubasher Bukhari、LAHORE


■政府はアメリカをごまかそうとしている[050808 Daily Times]

パキスタン政府はアメリカや欧米を欺き、過激派たちがワジリスタンからアフガニスタンに侵入することに協力していくと、MMAの会長レーマンMaulana Fazlur Rehmanが日曜日に述べた。

記者会見で、政府は侵入者たちの身元や、政府が彼らに協力していることの目的を明らかにするべきだと述べた。「ワジリスタンからマンセーラの軍事訓練所に移されている者たちの身元を、国民に明らかにするべきだ。これは偽善だ。支配者はアメリカや欧米を欺いているだけでなく、国民全体をぺてんにかけている」。

これに先立ちレーマンは、もし強制されるなら、パンドラの箱を開けてしまうような事実を暴露すると述べていた。

「個人の車に乗って、Kaali Sarak経由、ワジリスタンからアフガニスタンに運ばれている人々の身元を明らかにするよう、支配者に要求した。誰がアフガニスタンに自由に出入りできるように取りはからっているか、またその理由を明らかにするべきだ」。

政府は、ジハード団たちを支持したいのか、キャンプを閉鎖したいのか、決断する必要があると付け加え、「世界にジハード団たちを支持したいのか、取り締まりたいのか、はっきりさせるべきだ。これ以上、ごまかすことはできない」と述べた。またラシッド情報相が、イスラマバードの近くでカシミール人戦士たちのためのジハード・キャンプを運営していることを非難した。さらに、宗教指導者たちが部族地帯の平和のために努力しているにもかかわらず、政府は彼らが過激主義や軍事活動を支援していると非難していると訴えた。

国会の野党リーダーでもあるレーマンは、政府が宗教学校を取り締まり、外国人学生を国外追放しようとしていることに対して、国家的な抗議運動を実施すると警告した。マドラッサに対する取り締まりは人権に対する取り締まりであり、MMAはこれに抗議するという。(後略)

smellGovernment trying to hoodwink US: Fazl
LAHORE


■イギリス人、インターネットで名調子の演説を行なう[050808 Washington Post]

1年前に逮捕された31歳のコンピュータ技師でエンジニアのBabar Ahmadは、アメリカにとっては大きな獲物だった。彼はチェチェン、タリバン、アルカイダなどのイスラーム過激派たちのためのプロパガンダとして、ウェブサイトを運営していた。

それ以後、Ahmadはイギリスの刑務所におり、アメリカに引き渡されないために戦っている。逮捕されても、このパキスタン系イギリス人を黙らすことはできない。それどころか彼はますます声を大にして、反米マニフェストを掲げ、ウェブに掲載している。イギリスではかなり有名な人物になった。

ロンドンで活動している高度な教育を受けたエンジニアが、いかにウェブを用いてイスラーム過激主義を世界に発信できるか、彼の例を見るとよくわかる。前世代原理主義者たちは、プロテスト運動で主張していたが、Ahmadはインターネットを主張を発信する場として用い、これまで細々とビンラディンのメッセージを伝えていたモスクと比べられないほど、大きな効果をもたらした。

彼が逮捕されて以来、Ahmadは刑務所の外いる親戚や支持者たちを通して、非常に単純だが、洗練されたウェブ・サイトを作った。『http://www.freebabarahmad.com』−−このサイトによると、彼のアメリカへの引き渡しに反対して、1万人以上の人間がオンラインで署名している。(中略)

引き渡しを避けるためにAhmadhは、自分の技術やコミュニケーション技能に頼る。アメリカが、イスラーム過激派のためのウェブマスターのパイオニア的存在と彼を非難する、正に彼の技能である。Ahmadは、インターネットを、ムスリムと欧米の戦争に勝つためのイコライザーと見る人々から支持された。

「この戦争は単なる法的戦争でも軍事的戦争でもない。それは情報戦争であり、報道に勝つこと、何よりも、ウェブで勝つことが重要だ」と、『Stoppoliticalterror.com』というイギリスのウェブサイトのスポークスマンBilal Patelが語る。このサイトはAhmadのために、彼の裁判記録を掲載している。「今日の最も効果的な軍事的ジハードは、インターネットを用いて考えを広め、言葉の力を用いることだ」。

無実な犠牲者としての自分を描き出しながら、Ahmadは自分をアメリカに引き渡すことは、イギリス市民の権利を奪うことだという主張を展開して、共鳴者を集めている。(中略)

《経験豊かなリクルート・ツール》

1996年に、ロンドンのImperial Collegeの学生だった22歳のAhmadは、ボスニア、チェチェン、アフガニスタンにいるイスラーム戦士たちのために、ウェブサイトを開始した。アブドゥッラー・アザムに敬意を払って『Azzam.com』と名付け、イスラーム戦士のための、名高い影響力のある英語のサイトになる。

テロ・アナリストによると、Ahmadは原理主義ジハード者たちのメッセージを、『Azzam.com』や姉妹サイトの『Qoqaz.net』や『Waaqiah.com』に接続することで、世界に発信した。9.11以後これらのサイトは閉鎖されたが、アメリカの法務省はイギリス警察が去年の8月に彼を逮捕したことを、テクノロジー通のイスラーム過激派に対する勝利と驚喜した。

Ahmadの『Azzam.com』は、粋なグラフィックスを満載し、平穏な調子で原理主義を語りかけ、世界中のアマチュア特派員の最新の報道を英語話者を対象に発信した。『BBC』をはじめとする国際メディアは、こぞって『Azzam.com』やその姉妹ウェブサイトが掲載する、チェチェンやアフガニスタンのレポートを報道した。

対照的に、他のイスラーム過激派たちのウェブサイトは技術的に劣っており、アラビア語を用いていたために受け手を限定していた。そういう意味でも『Azzam.com』は大きな変化をもたらし、過激派組織が世界にメッセージを発信し、新たな追従者を募ることを可能にした。

「最初のアルカイダ・ウェブサイトだった」と、ニューヨークのテロリサーチャーのEvan Kohlmannが語る。彼は1990年代から『Azzam.com』を見ている。「すべての世代に、ジハードを説いた。初期の時代でさえ、プロフェッショナルだった。技術的に洗練されていたわけではないが、プロっぽく見え、他のジハードサイトよりも、明らかに進んでいた」。

アメリカの記録によると、Ahmadはチェチェンやタリバンのために献金を集める目的で『Azzam.com』を用い、イスラーム戦士に訓練や移動手段を提供していたという。(中略)さらにAhmadとその協力者は、カモフラージュ・スーツやガスマスクなどをイスラーム戦士のために購入したという。

Ahmadがテロ組織に提供していた物質的援助も重大だが、危険な思想を世界中に広め、武器を取り、イスラーム戦士になるよう呼びかけていたウェブサイトの力のほうが明らかに危険だったっという。

『Azzam.com』は、イスラーム戦士たちを美化する最初の英語のビデオを作ったことで、大きな評判となった。ベストセラーのビデオの1つは、1997年に制作された『ボスニアの殉教』である。覆面をしたナレーター−−おそらくAhmad−−が、自動ライフルを振りながらムスリムに、バルカンへ行き、異教徒を殺害するように呼びかける。

9.11以後、『Azam.com』は「19人のライオン」を讃えた長文の記事を出版した。9.11のハイジャック犯のことである。(中略)

《防衛策》

Ahmadは2003年12月に、テロ活動をした容疑でイギリス警察に逮捕された。しかし1週間後に、告訴されずに釈放される。アメリカは9ヵ月後に、彼がネバダのコネチカットのプロパイダーを使用していたとして告訴した。それ以後アメリカ政府は、Ahmadが1998年にアリゾナ州でイスラーム過激派の訓練所を運営しようとしていたとして、またビンラディンと関係のあった人間に、フェニックスで会ったとして告訴している。また1997年と1998年に、爆発物を化合するために、5000トンの硫黄を購入しようとした容疑もかけられている。

(中略)Ahmadの家族は、すべてがでたらめだという。(中略)家族によると、イギリス当局は、彼がロンドンに住んでいたときに『Azzam.com』を運営していたということ以外の訴状はしないという。(中略)

イギリスのAhmadの支持者のなかには、ヴェネッサ・レッドグレイブのような女優もいる。レッドグレイブに支持され、Ahmadは5月に国会選挙に立候補した。しかし選挙期間中刑務所に拘束されていたため、685票を獲得しただけだった。(中略)

《サイバー活動家を捜索》

(中略)『Azzam.com』は9.11以後も存続しようとし、何度か消えては再浮上した。しかし2002年には完全に消えた。なぜアメリカが去年の夏になって、Ahmadを告訴したのかはわからない。彼に対する容疑は、すべて2002年以前のものである。最近はウェブ制作も行なっていない。

1つの可能性が、2004年7月にパキスタンで逮捕されたムハッマッド・ナイーム・ヌール・カーンだ。ラップトップとともに逮捕されたイギリス市民のカーンは、アメリカの金融機関についての情報を持っていたという。アメリカの諜報部高官が、カーンはAhmadの従兄弟だと述べた。2人の事件に関連があるかどうかは言及しなかったが、カーンは逮捕後にパキスタンやアメリカの取り調べ官に協力したといわれ、囮捜査のために、他のアルカイダメンバーにEメールを送った。

smellBriton Used Internet As His Bully Pulpit
Craig Whitlock、LONDON


■ロンドンの男のジハード日記[050808 New York Times]

ペシャワル郊外の小さな家で、ロンドン郊外出身の25歳の男が個人的なジハード日記をつけていた。

2005年・3月10日……「不思議な国に独りぼっち」。「アラー以外、信用できる者はいない」と書いてある。3月26日……「クフル」あるいは「異教徒」が、世界のあらゆる場所をムスリムの戦場に変えてしまった今、どうやってムスリムの仲間たちはロンドンで平和に暮らせるだろうと、疑問を投げかける。4月5日……「自分の条件を満たす」ために、「あらゆる努力を払う」ことを誓う。

スィディーク(Zeeshan Siddique)が、いかなる作戦を計画していたのか、いまだにわかっていない。1ヵ月後、家の中で不審な行動をしている男がいるという通報により、パキスタンの治安部隊が彼を自宅で逮捕した。家の中には、爆弾を起爆させるための電気回路や、航空地図の入ったデスクトップ・コンピュータ、英語でタイプされた秘密めいた35ページの日記があった。3月2日から4月6日まで、ほとんど毎日日記が書かれていた。

パキスタンの高官は、スィディークは自爆犯として行動する指令を待っていたと見ている。スィディークが所持していた電話番号には、よく知られた、あるアルカイダメンバーのものや、2004年にロンドンで爆弾を爆発させようとして未遂に終わった、イギリス人過激派のものがあったと、捜査官が述べた。

イギリスの警察は、イギリスで育ったスィディークが、7.7爆弾犯人たちと関係があったかどうか調べている。特に3月13日の日記の「ワゴンがお流れになった」という記述が、7.7と関係があるかどうかが注目される。

スィディークは、2004年の計画にも今回のロンドンの爆発にも関係していない、と主張している。彼の日記には、断片的ではなるが、欧米社会に不満を持つだけでなく、ジハードに参加しない仲間のムスリムに対してさえも不満を持つ、不気味な若いムスリムの自画像が描き出されている。

スィディークのコンピュータから印刷された35枚の紙には、英語のスラングやクルアーンの不敬や詩編が、ほとんど大文字で書かれていた。あるパキスタン人治安部高官が『New York Times』に、この日記の内容を明らかにした。

トップページには、クルアーンからの引用がある。「最後の審判は、近々下される」。

日記によると、彼は3月初旬にペシャワル近郊にある家に到着するやいなや、周囲の人間に不快感を表し、軽蔑さえする。「あんたら動物と違って、汚れのなかで生活することはできない」と3月8日に書き、パキスタン人の隣人たちを「汚いギゼル」、パキスタン人店主を「芸術家ぶった猿」とののしる。下痢に悩まされ、水が出ないこの隠れ家に不満を持つ。

同じ日、インターネットでコンタクトをとった人間に関して、「おじけづいている」と書く。また「だまされ」、金が不足していることを不安を訴える。

3月10に、独りでいることや地元の言葉がしゃべれないことに不平を言う。「常に馬鹿にされ、からかわれている」。

スィディークは、ロンドン郊外のハウンズロー出身で、インド系ムスリムだと語っている。しかしハウンズローにいる家族を、いまだに探し出すことはできない。学校の記録とハウンズロー地域の新聞の1つの切り抜きだけに、彼の経歴が印される。1997年11月の記事に、当時17歳のスィディークが、レバノンに「ムジャヒディンになるためにでかけた」とある。記事によると、1ヵ月後、驚愕した両親のもとに帰ったという。「ひどい病気」に悩まされたようだ。

イギリスの報道機関が、彼が先月のロンドンの爆弾事件と関係がある可能性がなると報道してから、ハウズローの高官が、彼は1992年9月から1997年7月まで、Cranford Community Collegeの「ごく一般的な学生」だったと発表した。しかしCranfordで、別の学生Asid Muhammad Hanifと友達になったと言われている。2003年に、テルアビプのナイトクラブで自爆した男だ。2人は「友達だったはずだ」と、ハウズロー政府報道官のPhilip Sutcliffeが述べた。

スィディークは取調官に、2003年2月に、2004年に未遂に終わったロンドンの事件で逮捕された8人のうちの1人のイギリス人ムスリムと、初めてパキスタンに行なったと語った。

またパキスタン系アメリカ人で、クイーンズのコンピューター・プログラマーのMohammed Junaid Babarと一緒に、ラホールに2ヵ月半滞在した。Babarは去年、パキスタンのアルカイダ訓練所に軍事設備を供給したことと、2004年のロンドンの未遂事件にも協力したことで告訴された。

スィディークはこの2つの事件に関わったことを否定し、アフガニスタンとカシミールで2年間戦っていたという。彼がどうして過激主義に走ったか、日記から読み取ることはできない。しかし彼の原理主義的な視点から世界を見た様子が、日記には書かれている。彼は「ムスリムと主張する」が、「愚鈍なために理解力がなく」、宗教義務である聖戦を行なうことに協力しないと非難する。

3月11日に、コード・ネームだけで語る人間に会いにいき、「悪い知らせ」を受ける。「安全な場所が摘発」され、「7〜8人が寝ているところを捕まった」らしい。「すぐ行動するように言った」と書き、「いつまでもここにいられない」。

3月15日に、「状況はとてもひどくなった」と言われ、「動かずに、状況が良くなるまで待つように」と指示される。

次の週、彼は『BBC』のラジオを聴き、イラクとアフガニスタンにいる「ヤンキーの豚」の死に狂喜。自分は信仰を攻撃してくる者と戦っていると考え、「現在異教徒たちがすべてを所有しているが、いつまでこれが続くかわからない」と、3月23日に書く。「イスラームの軍隊は、確実にやってくる」。

4月5日、教皇パウロ2世の死のニュースが繰り返されることに腹を立てる。「アラーは彼を地獄に落とすだろう」と予言する。

4月6日、モナコ王の死とアメリカのノーベル作家Saul Bellowの死を祝う。「すばらしいニュースだ。アラーの呪いあれ」。

ムスリムの大多数が欧米に協力していると考え、偽善者だとののしる。ムシャラフはサタンで、イラク首相は「地獄の犬」だと罵倒。気分がすぐれないときには、イラクの兄弟のビデオを見て、気勢を挙げる。

スィディークは取り調べ官に、イギリスにいる両親に会いたいと言っているという。しかし彼が永遠に彼らと一緒にいるためには、殉教者になることだと信じている。

「ひるんだり、弱ったりしてはならない」と、最後の日記に書く。「これが母さんと父さんと再会するための、唯一の方法だ」。

ohEx-Londoner's Diary of Jihad:
DAVID ROHDE and MOHAMMED KHAN、ISLAMABAD


■アルカイダ容疑者、パキスタンで逮捕[050808 Reuters]

治安部工作員がパンジャーブ州で、アルカイダと関係のある組織の過激派を逮捕したと、幹部高官が月曜日に『ロイター』に語った。

容疑者はラシュカレ・ジャングヴィのメンバーで、ファイサラバードで逮捕された。

ウルドゥー語の新聞によると、ファイサラバードで逮捕された男はOsama bin Yousufで、公衆電話局を経営していたという。

hoonSuspect from al Qaeda-linked group held in Pakistan
ISLAMABAD


■アルカイダ、逮捕[050808 Dawn]

治安組織が日曜日に、ファイサラバードのSargodha道路でアルカイダ工作員を逮捕した。

警察と奇襲部隊員たちが公衆電話局を包囲し、Osama bin Yousufを逮捕した。

hoonAl Qaeda man held
FAISALABAD


■厳しい試練[050808 Guardian]

テロとのグローバル戦争において、パキスタンはテロリストの温床と言われている。ビンラディンが英雄として扱われ、大統領はアメリカの操り人形であるこの国で、戦いに勝つことができるだろうか?

(中略)去年の夏、1つの大きな成功があった。9.11以前に計画され、その結果はずっと先に出た。ニューヨークやワシントンの攻撃は、Khalid Shaikh Mohammadの計画の1つでしかなかった。他の計画も、同時に進行していた。ISIによると、9.11以前、彼は当時アフガニスタンにいたある人物に、ニューヨークとワシントンの金融機関を調査するよう指示を出した。この人物の名前は、現在明かすことができない。

2001年初頭、この人物と仲間たちは、ニューヨークのプルーデンシャル・ビルやマンハッタンのシティ・グループ、ワシントンのIMF本部の構造を調べた。このレポートを、ラップトップ・コンピューターに保存した。これは恐ろしい報告だった。ある標的に言及して、「このビルは、ガラスの家のようだ。壊せば、すべての破片が武器になる」。しかし当時アルカイダは、実行に移すに必要な爆発物がなかったために、計画はペンディングになった。

9.11以後地下に潜ったこの報告を作成した人物は、パキスタンにいるアルカイダーリーダーに接触した。この人別も名前を出せないが、いまだに逃走中である。この偵察報告は、リーダーのラップトップ・コンピューターに送られた。2人の間をとりもった人物は、ナイーム・ヌール・カーンという、アルカイダの新世代歩兵だった。カーンはイギリスを何度も訪れ、新アルカイダのグローバル・コミュニケーション・ネットワークの要の人間となった。ラホールでIT関係の仕事をしていたために、必要な技術はすべて身につけていた。彼はこの報告のコピーを自分のコンピューターにもダウンロードした。そして去年の7月、3日日にわたってラホール空港に張り込んでいた捜査官に逮捕された。

ISIのThe Counter Terrorism Centre(CTC)には、すべての諜報情報が収集されている。9.11以後に設立され、当時7人の職員しかいなかったが、現在は400人以上いる。カーンを取り調べるのも、仕事のうちだった。(中略)カーンの捜査から、Khalfan Ghailaniが逮捕された。家宅捜査の結果、パキスタンにいるアルカイダリーダーのラップトップ・コンピューターが発見され、その中には、偵察記録が保存されていた。

ISIはさらにカーンに、自分のラップトップから世界中の仲間にメールを出させた。こうしてMI5は、何人かの容疑者を逮捕し、いくつかの攻撃を防ぐことができた(何であったかは、伏せられている)。CTCの責任者は、このときに7.7事件をほのめかす事実があったことを否定している。7.7爆弾犯の名前は、ISIのデータベースになかったという。(後略)

hoonThe crucible


Sniffed Out By Trail Dog 0-1, 2003 - 2005.