【2006年12月11日〜12月17日】


■アフガン軍、タリバンの故郷で戦う[061217 Sunday Telegraph]

タリバンは、アルガンダブ川の向こう側の暗闇の中のどこかにいた。ロケット弾を1発撃って来た。また1発、撃とうとしている。

すでに1時間前に、明かりは消えてしまった。建物の中にはわずかの明かりしかなく、アフガン軍兵士やカナダ人兵士たちが存在することは、ほとんどわからないはずだ。

突然大きな爆発音が2発、夜の中にとどろいた。川の反対の北側に、これまでロケット弾を撃とうとしていた男2人がいたところには、レパード戦車が発射した砲弾による、大きなクレーターしか残っていなかった。

タリバンが戻ってきた。アフガン軍とカナダ軍によって、彼らの拠点だったパンジャワイ地区から西に追い払われたあと、今、隣りのヘルマンドから戻って来たのだ。

アフガン警察と軍によると、ハードコア戦闘員250人が、この地域に入って来た。チェチェン人、パキスタン人、シリア人なども含まれ、少なくとも自爆者3人が、攻撃の準備をしているという。アフガニスタンは、パキスタンが国境を封鎖しないと非難する。しかし、ここはこれまでも、常にタリバンの拠点だった。

カナダ軍の協力を得て、アフガン軍は彼らを阻止しようとしている。数日後にアフガン軍とNATO軍は、Falcon's Summit作戦を開始しようとしている。(中略)

アフガン軍兵士250人とカナダ軍兵士250人が、カンダハル西部のムサン・ガールに入り、前線作戦基地の周りに戦車とともに重武装の監視所を設置した。月曜日の夜、ロケット弾が発射された直後、これらの監視所からタリバン戦闘員の位置が特定された。

基地の中心にある本部に設置された無線室からは、フランス語、ダリ語、パシュトウ語、英語の声が、壁にかけられた無線機から聞こえてくる。ある無線機は、川の向こう側に、新たにロケット弾を発射しようとしている男2人が目撃されたというメッセージを伝えてきた。(中略)

約50ヤード離れたカナダ軍本部でも、情報が流れてきた。戦闘のために、一般市民はこの地域からいないはずだ。タリバンに違いない。戦車が大砲を1度発射したが目標をそれ、2発目が命中した。

4日前、アフガン軍とカナダ軍のパトロール隊を襲撃した戦闘員14人が殺害されたばかりである。アフガン人とカナダ人はこれまで一緒に仕事をしてきたが、最近はアフガン人が、作戦をリードし始めた。

アフガン兵たちは、以前はアメリカの特殊部隊と活動して訓練を受けてきたが、今は各アフガン人のユニットにカナダ兵数人が付き、アドバイスや協力を与えている。(中略)

アフガン治安軍との関係のほうが、問題が大きい。アフガン国軍のミーティングで地元の警察長官、ハーフィザーラ・ベスミラ中佐が、先週、町を攻撃しようとしている3人の自爆者を捕まえる話し合いをしたという。しかし後になって、アフガン国軍司令官のアブドゥル・サマッド少佐がカナダ軍に、町に入る検問所に警察を配置したくないと語った。「彼らは人々から金を巻き上げる」と、訴える。

しかしタリバンに対する戦いで必ず人々の意見が一致することは、パキスタンに対するいらだちだ。「パキスタンをなんとかすれば、我々は安全になる」と、サマッド少佐は語る。他の兵士たちも同じ意見だ。「パキスタンにはタリバンを訓練する場所がある。訓練してからアフガニスタンに送り込む」。「公然の秘密だ」と、20歳のナキーブッラー軍曹が語った。

hoonAfghan army takes fight to Taliban's heartland
Gethin Chamberlain

■フランス、アフガニスタンから特殊部隊を撤退[061217 AFP]

フランス国防大臣のミッシェル・アリオ・マリーは、数週間以内にアフガニスタンにいる特殊部隊兵士数百人を撤退させると発表した。

(中略)アフガニスタン東部にはタリバンと戦うために、フランス特殊部隊兵士200人が派遣されている。フランスはアフガニスタンに2000人を派遣しているが、残りはNATO主導の国際平和維持軍として活動している。これまでアフガニスタンでは、7人のフランス兵が死亡、12人が負傷している。(後略)

hoonFrance to withdraw special forces from Afghanistan
KABUL

■NATO軍兵士、車の爆発で死亡[061216 AFP]

カブール東部で車が爆発し、NATO軍兵士1人が死亡、2人が負傷したと、NATO軍主導の国際平和維持部隊が発表した。

兵士3人がメヘテルラーム地区に向かう途中で、爆発があったという。この地域には、米軍が派遣されている。国際平和維持部隊兵士は去年アフガニスタンで130人死亡したが、今年になって190人に増えた。

hoonNATO soldier killed in car blast
KABUL

■NATO軍、アフガニスタン南部で新たな作戦開始[061215 Reuters]

イギリス主導のNATO軍装甲車が、金曜日にカンダハルで新たな大規模な作戦を開始するために出動しはじめた。

イギリス、エストニア、オランダ隊数百人が、装甲車数十台に守られてヘルマンド州の基地からカンダハルを横切り、タリバンゲリラの温床となっているアルヒンダブ川の渓谷北部の砂漠に、野営地を設営した。

「諜報情報に基づいて、タリバンに対する作戦を行なうためにやってきた」と、マット・ホームズ中佐が述べた。「我々がここにいることやその規模を見れば、我々の役目はわかるはずだ」。

9月にカンダハルの別の地域では、カナダ軍主導のメドゥーサ作戦が実施され、イギリスは夏にヘルマンド北部で、大規模な作戦を行なった。

(中略)基地はアルヒンダブ川北部の広大な砂漠の中にある。(後略)

hoonNATO troops begin major operation in Afghan south
Peter Graff

■「タリバン法」阻止される[061215 BBC]

パキスタンの最高裁判所が、北西辺境州において、イスラーム道徳を強制するタリバン式の法案を制定することを阻止した。裁判所は州知事に、この法案に調印ししないように命令した。

北西辺境州では先月、新たな法案を制定することを可決していた。去年も同じような法案が公表されたが、裁判所は憲法に違反すると宣言した。

同じ法案が同じ州議会で再び承認され、連邦政府裁判に2度もかけられることは、前代未聞のことである。

最高裁判所は北西辺境州知事に、裁判の判決が出るまでヒズバ法案を承認してはならないと命令した。1月の第3週目に、再び裁判が開催され、州知事はこの法案を弁護する権利が与えられる。(後略)

hoon'Taleban law' blocked in Pakistan

■爆弾計画容疑者、パキスタンの裁判所の裁定後、イギリスに送還[061214 Times]

パキスタンの裁判官は昨日、イギリス航空機爆破計画の首謀者と考えられていたイギリス人、ラシッド・ラウフに関する容疑を取り下げ、彼をイギリスに引き渡す道を切り開いた。イギリス政府関係者は、バーミンガム出身の25歳のラウフをイギリスに引き渡すよう、5ヵ月間にわたって働きかけていた。

ラワルピンディ裁判所の劇的な裁決は、スコットランド・ヤードがヒースロー計画やロンドンの7.7事件に関連してラウフを尋問するために、彼をイギリスに送還する処置と思われる。

8月にパキスタン工作員に逮捕されて以来、イギリス警察は彼と接触することが許されていなかった。

(中略)パキスタンはラウフをヒースロー空港事件の首謀者と指名し、彼の逮捕により、計画が暴露されたと主張している。主にパキスタン系の容疑者11人が、イギリスではテロと関係したとして、逮捕されてた。

ラウフはテロとの関係を否定しているが、裁判官によると、来週、偽造書類を所持していた件に関して、裁判が行なわれるという。

パキスタン政府関係者によると、イギリス当局がラウフを尋問したいとしても、イギリスに引き渡す協定は結んでいないという。イギリスからはラウフに関して、さらに情報を提供してほしいと再三要求されていることを認めた。

イギリス警察は、彼の叔父であるムハンマド・サイードが2002年にバーミンガムの自宅で殺害された事件に関しても、彼から事情徴収をしたいと表明している。2重国籍を持つラウフは、この事件の直後、パキスタンに逃走した。

警察は、ラウフが7.7自爆犯のムハンマド・スィディーク・ハーンとシャーザッド・タンウィールに会ったかどうか、知りたがっている。イスラマバードの諜報機関関係者によると、ラウフはジャイシェ・ムハンマドのリーダー、モーラナ・マウスール・アザールの親戚と結婚している。

昨日ラウフの弁護士のハシュマット・ハビーブが、裁判所が彼に対する容疑を取り下げたことは、彼が爆弾計画と関係がなかったことを示すと述べた。まだいくつか不正行為で起訴されているが、「12月20日までには釈放されるだろう」と述べた。

パキスタンの捜査官は、ラウフが過酸化水素の瓶29本を所持し、旅客機爆破のために使用しようとしていたとしている。彼の弁護士によると、「証拠提出ができなかった。この薬品は、傷の手当のためにも使用される」という。

(中略)ある政府関係者が語るところによると、イギリスとパキスタンの間には犯人引き渡し条約がないが、ラウフの国外追放の障害にはならないだろうという。これまでパキスタンは、イギリス国籍の指名手配者多数をイギリスに送還している。

《ラシッド・ラウフ》

25歳のラシッド・ラウフは、イギリスとパキスタンの国籍を持つ。家族はバーミンガムに住む。イスラーム過激派組織ジャイシェ・ムハンマドの創設者、モーラナ・マスール・アザールの親戚と、結婚している。

8月に、パキスタンのバハワルプールで逮捕された。ラウフの兄弟の1人、タイーブ・ラウフが、この事件と関連してイギリスで逮捕された。

hoonBomb plot suspect may be sent back to Britain after Pakistan court ruling
Zahid Hussain、Islamabad and Daniel McGrory

■9月以来、アフガニスタンで2000人殺害[061213 AP]

9月1日以来アフガニスタンでは、同盟軍の特殊部隊兵士との戦いで戦闘員2100人近くが殺害されたと、米軍報道官が発表した。アフガニスタンの抵抗運動による死者の半数以上が、この3ヵ月の間に死亡したことになる。

9月にカンダハルで実施された「メデゥーサ作戦」で、死者2077人のうちの900人が死亡した。この作戦では、特殊部隊兵士が、カナダ軍と共に戦った。(後略)

hoon2,000 killed in Afghanistan since Sept.
JASON STRAZIUSO、BAGRAM

■パール記者殺人犯の裁判、再び延期[061213 AFP]

アメリカの記者、ダニエル・パールを殺害したとして死刑を宣告されている過激派の上告が、再び延期された。4年の遅れのあと、昨日裁判が再開されたばかりだった。(後略)

hoonConvicted Pearl killer's appeal adjourned again

■アフガニスタンで自爆、8人死亡[061212 AP]

火曜日にヘルマンド州の州知事の敷地内で自爆があり、一般市民2人を含む8人が死亡した。

爆発が起きたときにムハンマド・ダウード知事は事務所にいなかったが、州都ラシュカル・ガーにある知事本部の駐車場に停めてあった車2台が破壊されたと、知事報道官のグーラム・ムヒディンが述べた。犯人は、徒歩だった。警察官6人と一般市民2人が殺害され、警察官8人が負傷した。

タリバン報道官のカリ・ユーセフ・アフマディが『AP』に電話で犯行声明を出した。犯人はアフガン人で、名前はムラー・ファミウッラーだという。

いっぼう東部では火曜日早朝、戦闘員4人と10代の少女が、アフガン軍と米軍主導軍の攻撃で殺害されたと、軍が発表した。兵士たちが降伏を呼びかけたところ、容疑者たちがコースト州の村の民家から発砲してきたという。4人の「戦闘員の年齢に達した男性」と13歳の少女が殺害され、8歳の少女が負傷したと、同盟軍が発表した。

軍の声明によると、建物は戦闘員の隠れ家であるという「信憑性のある情報」があったという。

いっぼうでアフガン軍閥のグラブディン・ヘクマチアルが、米軍は、ソ連と主時ように、アフガニスタンから追い出されるだろうというビデオを発表した。(後略)

hoonSuicide bomber kills 6 in Afghanistan
NOOR KHAN、KANDAHAR

■英国海兵隊員、アフガニスタンで死亡[061212 BBC]

ヘルマンド州で、王立海兵隊員が戦闘員との戦いで死亡した。NATO軍が、隊が銃撃戦に巻き込まれたと述べ、その後国防省が、イギリス人海兵隊員が死亡したと発表した。小火器が当たったという。ヘリコプターで病院に運ばれたが、その後死亡した。

(中略)隊はヘルマンド北部のナウ・ザードをパトロール中だった。(後略)

hoonRoyal Marine dies in Afghanistan

■タカが旋回する[061212 Asia Times]

アフガニスタン南西部の平原で、自信を持ったタリバンが武器を持って、堂々と歩き回る。NATO軍やアフガン国軍からよく見えるところだが、彼らはなすすべがない。

外国軍は、自分たちの基地の中で人質となり、打開策の選択肢はない。多数の一般市民犠牲者を出してしまう恐れがある空爆か、撤退だ。アフガニスタンの戦場では、今や撤退はしかたないという雰囲気が漂っている。

「ソ連軍と戦うのは、とっても楽しかった。でも、アメリカ人はそれほどでもない。よく覚えていることだが、あるときソ連兵3人がムジャヒディンに取り囲まれた。彼らは負傷していて、撤退して空輸されるしか選択肢がなかった。しかし彼らはそれを拒み、最後の最後まで戦った。ある種の信念を持っていた。でも、アメリカ人には、それがない」と、フーダイ・ラヒームが語った。

フーダイ・ラヒームはベテラン司令官だ。カンダハルでロシア軍と戦ったときの爆発で、片足と両腕を失い、視力も悪い。1980年代にはしばらくアメリカにいたが、今はヘルマンド州のバグラーンに住む。

「アメリカ人たちは銃弾の音が聞こえると、それが発射された場所には絶対近づかない。ロシア人たちは信念があったために、アフガニスタンに11年間留まった。しかしアフガン抵抗運動の決意に屈し、最終的に撤退した。国全体が決起すれば、アメリカ人は数ヵ月も留まることはできないだろう」。

現在のアフガン抵抗運動は、アルカイダに従って非常にイデオロギー的な運動となっており、1990年代にタリバンが台頭したときと同じような状況になってきている。

現在の外国軍やカルザイ政権に対する抵抗運動は、タリバンリーダーのオマール師とイスラームに導かれていることは確かだ。しかし現場で実際に指揮を取っているのは、ソ連人と戦った経験のある熟練した司令官たちだ。彼らはイデオロギーというよりは、アフガンの伝統に従って行動している。

アフガンの戦術は、一見敵に譲歩し、敵が国中で情報活動をして住民たちをいらだたせるのを、力を温存しながら見守るというものだ。侵略者たちにとって、これは労力がいる仕事であるにもかかわらず、大きな成果は見込めない。いっぽう抵抗勢力は、禿鷹のようにただ監視し、襲撃する機会を待っているので、ヘルマンド州のサンギン地区は、まさにこのような状況だ。

《長い困難な道》

我々は、殺害されたベテランアフガン司令官、アブドゥル・ハリークの弟、カリ・ヘズラットに会うために、ムラ・カーラからサンギンに旅する予定だった。カリ・ハザラットは、ゲリシュク地区の司令官である。サンギンの一部は、彼の管轄区である。我々はNATO軍基地から数キロしか離れていないこの場所で、彼と会うことになっていた。

長い長い道のりのあと、我々はカリ・ハザラットに会うはずの村に辿り着いた。村には人影がなく、どうやって約束の場所に行ったらいいのか、見当もつかなかった。

やっと少年を見つけ「カリ・ハザラットが住む家を知っているか」と聞いてみた。アフガニスタン南西部で最も重要な指名手配者の居場所を、このような子供に聞くのは、ばかげたことに思えた。しかし少年は少し考えて、「タリバン?」と尋ねた。そしてタリバンについて聞くなら、「タリバンが住んでいる」ところで聞いた方がいいと言い、その場所を教えてくれた。

(中略)最終的に我々はカリ・ハザラットの家に着いた。その間、村人たちは我々を一目見ようと、ぞろぞろ集まって来た。(中略)紅茶を何杯か飲んだあと、若者たち何人かが我々は近くの畑に連れて行ってくれた。そこからは、NATO軍の基地がよく見えた。

「タリバン政権崩壊後、米軍がヘルマンドで最初の作戦を実施して、タリバン300人を逮捕したのが、ちょうどこの場所だ」と、若者の1人、アブドゥル・ラウフが語った。

「去年まで、外国人がちょくちょくここにやって来ては、家宅捜索をして行った。気の赴くままに、日中であろうと夜中であろうと、適当な家に押し入った。今、タリバンがここにやってきた。そしてNATO軍がパトロールや捜索活動をしようとするなら、激しく攻撃される」。

「もう3ヵ月近く、NATO軍は基地から出ようとする努力をしていない。彼らは基地に居座り、タリバンは村に居座る。タリバンは基地を攻撃しない。敵も我々を攻撃しない」と、アブドゥル・ラウフは語った。

これまでこの地域は、何度も空爆されてきた。壊れた家の残骸が、村の各地に残っていた。我々はケシ栽培をするための水路に着き、NATO軍基地の写真をとるために立ち止まった。突然ヘリコプターが、NATO軍基地から飛び立つのが見えた。アパッチヘリコプターと、普通のヘリコプターだ。

「去年までは、このような畑に着陸し、地上作戦のために兵士たちを降下させていた。今は周囲を飛ぶだけで、補給品を基地に運ぶだけだ。補給のために、トラックや車を使うことは、もはやできなくなっているんだ」。

「なぜヘリコプターを撃たないんだ」と聞いてみた。「1機撃ったよ。でもそうしたら、村が爆撃された。だからやめた」。

暗くなる少し前、カリ・ハザラットが部下たちと一緒にやっと到着した。男たちはロケット推進手榴弾やAK-47、マシンガンで武装している。(中略)

祈りのあと、我々は暖かい部屋に集まり、食事となった。「NATO軍やアフガン政府と、停戦協定を結んでいるのか」と尋ねた。

「いや、全然」と、色白で20代後半のカリが静かな声で答えた。「ほとんど戦いがないみたいだが。NATO軍とタリバンが、直接見える場所で隣り合って存在する。この状況は、何と言ったらいいのだろう。停戦ではないのか」。

カリは微笑んだ。「サンギンでは、タリバンとアフガン政府間に停戦協定が結ばれている。しかし今あなたが座っているこの場所は、キライ・ガーズだ。そしてタリバン行政府の区画に従えば、ここはゲリシュク地区になる。ここには、停戦はない」。「しかし、あなたは彼らを攻撃しないし、彼らも攻撃してこない。空爆もしない」と、しつこく食い下がった。

「以前は空爆された。でも、もう終わった。彼らが、有能な情報源ネットワークを持っていたことは確かだ。しかし、我々はそれをすべて排除できた。したがって彼らは、我々の基地についての情報をもはや持っていない。だから空爆は終わったのだ。彼らは非常に限られた、地上作戦も行なった。しかし、すぐに攻撃された。だからやめた。基地を攻撃したら、空爆で報復されるために、我々は攻撃しない」と、カリは語った。

「それでは、ここで何をしているのだ。食事して、お茶を飲んで、武器をもってうろうろしているだけで、何をしてるんだ」。みんな大声で笑い始めた。「そうさ。そして、彼らも基地の中で退屈している。何もやることがない」と、カリは微笑んだ。「我々は急いでいないのだ。人々が、タリバンが山からここに降りてくることを望んだために、我々の力は毎日のように強くなっている。6ヵ月前、タリバンはたった10人くらいで活動していた。今は50人くらいで、その数は日に日に増えている。だから来春までたっぷり時間がある。NATO軍も来年何か起きるか、知っているのさ」。

「何が起きる。彼らは何を知っているんだ」と尋ねた。「我々が力をつけ、ヘラート〜カンダハルハイウェイを占拠し、拠点を各地に作る」とカリ。「そのようにして、サンギン地区とゲリシュク地区を孤立化させる」。「彼らを他の地域と、隔絶するのか?」。「そう。そしてたとえヘリコプターを用いても、エスケープ・ルートがないようにしてやる。カンダハル〜ヘラートヘイウェイを押さえ、我々の友人たちが別の地域を押さえる。だからカンダハルをはじめほかの地域は自然と包囲され、補強部隊が来るチャンスがなくなる」。「それまで我々はここに居座る。彼らと面と向かって、そして彼らをぐるりと取り囲んでね」。

お茶を飲んだ後、カリは我々を寝るための部屋に案内した。「我々は常に狙われている。だからあなたは我々から離れた場所で、休んだ方がいい。朝になったら、次の目的地に行くための車を用意してあげよう」。

我々は別れの挨拶をして、畑に囲まれた別の建物に行った。1時間もしないうちに、単発的な銃撃音が聞こえた。そのうちその音が大きくなり、爆発音が聞こえ、閃光で部屋が明るくなった。

「昨夜戦いがあったのか」と、翌朝我々のために車を手配するためにカリが送ってよこした青年に尋ねた。「いや」と、彼は笑った。「NATO軍はあれを毎晩やるんだ。空中に発砲して、自分たちが起きているから攻撃してはならないと、言いたいんだ。畑を照らして、基地の周りに誰もいないか確認する。ここ数週間、彼らは基地の中から出てこない。常に崖っぷちにいるような、気分になっているんだ」と彼は説明した。

「そしてあなたがたは何をするんだ」。「何ができるというんだ。我々は部屋で寝て、銃撃音が気になったら外に出て、暗闇の中で、彼らの曳光弾の光を眺めるんだ」。(後略)

hoonThe vultures are circling
Syed Saleem Shahzad、KARACHI

■ワジリスタンの新たな責任者により、タリバンに亀裂[061212 Daily Times]

南ワジリスタンのタリバンリーダーとしてモーラビ・ムハンマド・ナジールが任命され、イスラーム法に基づいた裁きが採用され始めために、一部の幹部司令官たちの間に不満が高まっている。

アフガニスタンのタリバン幹部が南ワジリスタンを訪れ、ジルガによりナジールがタリバン責任者として任命されたために、一部のタリバン司令官の間に不満が高まっている。

ミサイル攻撃で死亡したネック・ムハンマドを引き継ぎ幹部司令官となったハジ・ムハンマド・オマールが、ナジールはタリバン責任者になる「資格がある」と述べたという。オマールはモーラビ・ナジールの腹心であり、他のタリバン司令官と比べて「穏健派」であり、パキスタンの治安軍を攻撃することを「嫌っている」。

情報源によると、イフティカール司令官とグラム・ジャン司令官は、「ジハードに反する」活動をしたためにタリバンの階級から「昇格」され、その結果彼らのグループは解体したという。「ランクの変化のために、緊張」しており、モーラビ・ナジールは「地元の伝統を大事にしているために、他の司令官たちよりも地元の人間から支持を受けている」という。

いっぽう、ナジールはワジリスタンに和平委員会を組織して、ワジリスタンの法と秩序を保とうとしているという。「外国人宗教学者」が、シャリア法のもとで裁きを開始したという。「3人のウズベク人戦闘員が犯罪を行なったために、むち打ちの刑に処された」。地元の部族民は、今のところシャリア法に基づいて処罰された例はないようだ。タリバン司令官は、このイスラーム学者の身元や居場所を隠しているという。

hoonNew chief in Waziristan causes rift among Taliban ranks
Iqbal Khattak、PESHAWAR

■カブール、合同和平ジルガ開催に反対[061212 News]

アフガニスタンはパキスタンと合同の和平ジルガを開催することを拒否し、別々に2つのジルガを開催すると述べた。

(中略)ジルガは、地域や地元関係者を通じて、アフガニスタンの紛争地に平和をもたらせるための方策を考えるという。4人からなるアフガン人委員は、ベテラン・アフガン・ムジャヒディンのビール・サイード・アフマッド・ギラニ、国会問題大臣のファルーク・ベルダグ、アフガン下院議員のハジ・ムハンマド・モハキーク、前アフガン法務大臣モーラビ・ファザル・ハディ・シャンワリからなる。

アフガニスタンは、来年1月にカブールで、最初のジルガを開催することを提案している。パキスタンは、パキスタン側でジルガを開催することを考える。アフガニスタンによると、ジルガには約300人が参加する。恐らく国会や各部族の著名人、大学関係者、知識人、学生リーダー、パキスタンやイランに住むアフガン難民のリーダーが参加すると思われる。

(中略)カルザイ大統領は、ジルガ開催に関して、タジーク族、ウズベク族、ハザラ族などの元北部同盟関係者から、パシュトゥーン主体のジルガになる可能性があるとして、強い抵抗を受けているという。(後略)

hoonKabul against holding of one peace Jirga
Muhammad Saleh Zaafir、ISLAMABAD

■タリバン、外国人がいればジルガに出席せず[061212 Daily Times]

月曜日にタリバンが、アフガニスタンとパキスタンの武力衝突を解決するために開催される部族のジルガには参加する、というコメントを退けた。

タリバン報道官のサイード・タイーブ・アガが、アフガニスタンに外国人兵士が留まる限り、抵抗勢力はジルガには参加しないと述べた。

「このようなジルガは、アメリカの利害を守るためだけのものだ。そのようなジルガは独立したものではないし、独立した決議ができるものでもない」と『ロイター』に語った。

いっぽうアフガニスタンとパキスタンはいまのところ、ジルガ開催に関して意見が異なる。カブールはアフガン部族民たちで、ジルガを開催したがっている。いっぼうイスラマバードは、国境地帯の部族民、特にタリバンを支持するパシュトゥーン人たちだけに限ろうとしている。

両国間の政府リーダーは、少なくとも穏健派タリバンはジルガに参加すべきだと述べ、タリバン報道官が、もし招待されればジルガに参加しても良いと語っていた。しかしタリバンのリーダーに近い幹部高官であるアガは、そのような発言は戦闘員たちの意見ではないと語った。

hoonTaliban won't join talks in foreigners' presence
KABUL

■タリバンと仲間たち、パキスタン北部を牛耳る[061211 New York Times]

イスラーム原理主義者たちは、最近政府と交わした和平協定を利用してパキスタン北部を支配し、自爆者をはじめとする仲間の訓練を強化し、アルカイダと外国人戦闘員との絆を深めつつあるという。その結果タリバン・ミニ国家が形成されていると、外交関係者や諜報関係者たちが語る。

関係者によると戦闘員たちは、国境を越えてアフガニスタンのタリバン抵抗勢力に加担しないという、9月に北ワジリスタンで交わされた協定を公然と無視している。

この地域には外国人戦闘員が集まり、この地域の政府に対抗するだけでなく、地元の部族民たちを乗っ取り、近隣地域にまで影響力を及ぼしつつあると、米軍やNATO軍関係者、パキスタンやアフガニスタンの諜報機関関係者が語る。

今年になって、地元リーダーや政府の協力者、あるいはは「アメリカのスパイ」が、100人以上殺害されている。去年も少なくとも100人が殺害された。(中略)

「彼らはこの地域を牛耳っている」と、パキスタンのある欧米大使が述べた。「彼らはパキスタンで、これまで以上に攻撃的になっている」。「90年代にアフガニスタンから学んだことだ」。「無政府状態の地域は、問題の巣窟だ。部族地帯全体が、問題になっている」。

グループ間の絆は、1980年代にまで遡る。このときに、アラブ人、パキスタン人などのムジャヒディンが、ソ連と戦うアフガン人に協力した。パキスタンの諜報機関が設立し、CIAとサウジの資金で作られた訓練所やマドラッサのネットワークが、盛んに利用された。

1990年代になっても、訓練はパキスタンやアルカイダの支持を受けて存続し、その後はタリバンのもとで、アフガニスタンに移った。この時代にパキスタン人は武力行為に巻き込まれていき、タリバンや数百人の外国人戦闘員とともに、アフガニスタン北部の部族民たちと戦った。今日、この地域の歴史は完全に一周したといえる。

2002年にアフガニスタンから撤退したあと、タリバンと外国人戦闘員たちが部族地帯で再結成し、アフガニスタンにいる米軍とNATO軍を標的にしている。

パキスタン政府は軍事作戦でこの地域をコントロールできなかったために、2004年と2005年に南ワジリスタンで、そして北ワジリスタンでは今年の9月5日に和平協定を結んだ。9月の取り引き以来、パキスタン人とアフガンタリバンやその外国人の仲間は、これまで以上に国境を越えるようになったと、NATO関係者が語る。

最近パキスタン人諜報機関関係者が、部族地帯にいる外国人戦闘員の数は、これまで予測されていた500人ではなく、2000人ほどに達した、と言っている。

これらの戦闘員には、アフガン人や熟練タリバンリーダー、ウズベクや中央アジアの戦闘員たちがいるという。さらにビンラディンやザワヒリなどを含む、80〜90人のアラブ人テロリストがいる可能性もあるようだ。

僻地の山岳地帯にいるこれらのグルーブの同盟は、政府の権力の及ばない地域で強くなりつつあり、非常に危険になっている。諜報機関関係者や欧米の外交関係者は、2007年にはさらに流血沙汰が増えることが予測されると語る。

「おそらく来年は、かなりひどくなるだろう」と、アフガニスタンのアメリカ大使、ロナルド・ニューマンが述べた。「タリバンは、戻って来て戦うことを望んでいる。タリバンが勝つとは思わないが、我々は戦わなければならないということを、覚悟しなければならない」。

《外国の影響》

最も危険なのが、自爆である。パシュトゥーン族の地域について詳しい外交関係者によると、この戦術はアルカイダに影響されたものだという。2001年以前は、パキスタンにもアフガニスタンにも、自爆はなかった。

今年になって自爆は、アフガニスタンでは日常茶飯事になってきた。さらにパキスタンでも、最近初めての自爆があった。

アフガン政府関係者によると、最近部族地帯では、自爆者の教化や準備が行なわれていることをほのめかす、大掛かりな計画を暴いたという。パキスタン内相のアフタブ・ハーン・シェルパオは、部族地帯で自爆の訓練が行なわれていることを、初めて公的に認めた。

先週アフガン諜報機関がアフガン人自爆犯を逮捕し、その男がバジョールのマドラッサの校長に自爆を指示されたことを自白した、と述べた。さらに500〜600人の学生がジハードを戦い、自爆を実施する準備ができているという。

この自爆犯が、パキスタンの前ISI長官、ハミッド・グル将軍がこの計画に資金を出して協力していると述べた、と発表された。ただしこの主張を証明することはできない。(中略)

これらの自爆志願者の数は非常に多く、アフガニスタン南部のある部族リーダーが、自爆志願者の数が多すぎるために、一旦家に戻って、順番がくるまで待つように言われているようだと、語った。

タリバンはアフガニスタンからパキスタンに撤退したあと、今度は無法地帯各地のキャンプで、戦闘員たちを訓練している。米軍関係者によると、訓練はジャラウッディン・ハッカーニのような人間のもとで、ワジリスタンで行なわれているという。(中略)

1980年代にワジリスタンがソ連と戦うための後方基地だった時代から、彼はアラブ人戦闘員と密接な関係を築いている。アラブ人戦闘員たちは、ここでハッカーニと共に戦った。そのなかに、ビンラディンもいた。

その後ハッカーニはタリバンの部族問題大臣となり、2001年と2002年のアフガニスタン脱出のとき、タリバンを守るためにおおいに活躍した。彼と彼の息子、シラージュッディン・ハッカーニは、ワジリスタンにおけるアルカイダの重要な協力者である。

ハッカーニ自身は北ワジリスタンを根拠地とし、他のタリバンや外国人司令官たちを匿っている。特にウズベク人との関係が強いと、米軍関係者が語る。

国内や湾岸地帯の宗教支持者たちから、いまだに資金が入ってくるようだ。同時に麻薬密売、さらに誘拐などの非道徳的行為から、資金が集まる。

「南北ワジリスタンや他のFATAの地域、バローチスタンなどに訓練所がいまだにあることは、明らかだ」と、カブールの外交関係者が語った。「さらに心配なのは、タリバンとハッカーニのネットワークだ」。「パキスタン側の対処は全くなく、追跡さえされていない」。

この外交関係者は、40代中頃のパキスタン人司令官で、ワジリスタンで自爆者を訓練してはアフガニスタンに送っているといわれる、ヌール・スィディークの名前も挙げた。ヌールは1990年代にタリバンとともにアフガニスタンで戦い、アフガニスタンにいる米軍やNATO軍と、断固として戦うことを決意している。

もう1人の司令官、40前後のバイトゥッラー・マフスードもこの地域の出身で、おそらく今や最も強力なパキスタン人司令官である。彼もおそらく自爆犯を、アフガニスタンに送り込んでいる。バイトゥッラーもタリバンとともにアフガニスタンで戦い、現在約1万5000人の部下を持つといわれる。

2人ともハッカーニに忠実な男である。ハッカーニは、アルカイダとの関係や地元における影響力を考えると、最も危険なタリバン司令官と考えられている。

もう1人の危険人物が、タドゥッラー師である。彼はアフガニスタン南部出身の向こう見ずなタリバン司令官で、アフガンタリバンの抵抗運動の中心人物となっている。

片足のダドゥッラー師は、非常に華やかな評判をもち、残酷でもある。2001年にアフガニスタン北部で、あわやというところで捕まりそうになったが、頻繁に報道機関のインタビューに応じて自慢話を披露し、援助活動家たちを殺害する命令を直接下しているといわれる。つい最近『ロイター』に電話をかけ、タリバンはアフガニスタンの各地に自爆犯を送り出したと述べた。

ダドゥッラー師はパキスタンのクエッタ周辺にいるといわれるが、1カ所に留まることはない。今年はアフガニスタン南部の各地を訪れ、特に北ワジリスタンで9月5日の和平協定締結後には活動が活発になり、ここに隠れていた時期もあった。

《秩序に向かって》

パキスタン人、アフガン人、アメリカ人、NATO関係者に対する重要な質問は、この地をコントロールするために何ができるだろうか、ということだ。パキスタンの最近の行動としては、9月5日の北ワジリスタンに対する行動が挙げられる。

この協定のもとで、政府と戦闘員は停戦に合意した。また戦闘員たちはアフガニスタンの抵抗運動に協力するために、国境を越えないことを約束した。また部族のリーダーや政府共鳴者を殺害するのを止め、この地域のタリバン化を止める。

タリバン司令官たちは、戦闘員たちはアフガニスタンにいる外国軍に対して行動すべきで、パキスタン軍やワジリスタンで活動するジャーナリストと戦って無駄に戦力を使うべきではないとして、この取り引きに応じた。

批判家たちは、政府は取り引きの内容を強制する方策をもたず、実際には戦闘員たちを強力にしてしまったと語る。(中略)政府は検問所を取払い、拘束者を解放し、押収した武器や車輛を返還し、恩赦を与えた。しかし戦闘員たちは活動をさらに活発にし、パキスタン軍との停戦を利用しているという。

「始めから、この取り引きは間違いだった。なぜなら、あまりにも政府側の譲歩が多く、拘束力がない」と、2005年までFATAの大臣だったマハムード・シャヒ准将が語る。「これはうまくいっていない。政府の利益に反するものだ」。

ベシャワルのAwami National Partyの報道官で地元政治家のアフラシアブ・ハタックも、この取り引きを批判する。今では伝統的な部族民より、戦闘員のほうが権力を持っているという。「彼らは、ワジリスタンに新たなエリートを配した。部族民長老200人以上が殺害されたのに、法廷で裁かれていない」。

それでも、部族地帯に派遣されたパキスタン人役人のジャビッド・イクバルは、北ワジリスタンの取り引きは、部族の長老を通じて部族地帯を治めるという伝統的な政策に戻すことを意味する、と語る。イギリスとパキスタンの支配者たちが採用したこの政策は、数年間続いた軍事作戦のあと、少しずつ浸透していった。

「強引な手段を取ろうとしたが、それほど効果がなかった」と、彼はベシャワルで行なわれたインタビューで語った。「それではどうするか? 取り引きする」。

彼によると、政府は政府と対話をすることを望んでいたワジリスタンの長老たちを失望させてしまい、彼らは次々に戦闘員たちに殺害されてしまった。しかし11月に北ワジリスタンのミランシャーで開催された、500〜600人の長老たちが集まって行なわれたの話し合いでは、部族民は政府と関係を築くことを望んでいると感じられ、期待を持ったという。「再び動き出した」と彼は語った。

《制御できず》

パキスタン人政府関係者の中には、戦闘員に自由を与えてしまったことは大きな間違いだったと述べる者もいる。アフガンとパキスタンのタリバンリーダーたちは、バローチスタンから南北ワジリスタンにかけての部族地帯の訓練所に、訓練キャンプのネットワークが広がっていると、カブールにいる欧米外交関係者が語る。

南ワジリスタンのワナを訪れた外交関係者によると、政府はどちらのワジリスタンでも、支配権を持たないという。「政府は北ワジリスタンでは、主導権を握っていない。南ワジリスタンになってしまう危険性がある」。「南ワジリスタンでは、政府は、政府の建物の外に権限がないということを隠そうともしていない」。

原理主義者の影響力は、ラジオ局やマドラッサ、CD、DVDを通してプロパガンダを広げている。北西辺境州の居住地帯においてさえ、それが感じられるようになった。最近パキスタンの新聞では、音楽店や床屋が閉店し、テレビが燃やされ、女子校が脅迫されていると報告されている。

戦闘員たちは軍隊や地元の警察よりも強力で、容赦なく殺し、犯罪者やお尋ね者を匿う。地元のジャーナリストは、戦闘員が誘拐や殺人、強盗やレイプを行なうと、訴えている。

外国人戦闘員の残虐行為のせいで、パキスタン人のホストたち−−その多くが武装し、過激主義者たちであるが−−の間に亀裂が生じ、地域が混乱し、コントロールできなくなっているという。

「最初は共鳴だった」と、あるパキスタン人諜報感が述べた。「その後に金が来て、そして恐怖となった。今は共感や金でよりも、恐怖が勝っている」。

今のところ、タリバン司令官や彼らの下にいるパキスタン人戦闘員たちは、アフガニスタンのジハードに対して忠実だ。緊張があるにもかかわらず、まだ地元の支持もあると、関係者や地元ジャーナリストが語る。

アメリカに指示されて実施されたと思われる、最近の政府の軍事キャンベーンにより、地元の人間はさらに原理主義化した。そのひとつの例として、ワジリスタンからアフガニスタンに送られた2人の自爆犯の家族は、共同体の中で有名になっているという。「人々は自分たちの部族、家族の出身であるために、戦闘員たちを支持している」と、あるジャーナリストが語る。

(中略)通常冬は山中の天候が悪化するために、戦闘は沈静化する。しかし来春、新たな戦闘シーズンが訪れれば、戦いはさらに激しくなるだろうと、カブールの欧米外交関係者が語る。「そうすれば再び事が悪化する」。「なぜなら、原因がどれも排除されていないからだ」。

hoonTaliban and Allies Tighten Grip in North of Pakistan
CARLOTTA GALL and ISMAIL KHAN PESHAWAR

Sniffed Out By Trail Dog 0-1, 2003 - 2006.