【2008年3月31日〜 4月6日】


■アフガニスタンの戦争、国境のせいで複雑[080404 Washington Post]

(前略)クリス・ハモンズ大将は、タリバンが攻撃してくるだろうと予測していた。32歳の特殊部隊員は、無線と地図の間を行き来して、タリバンの居場所を追跡していた。じきにいくつかの爆発音が夜の空に響き、米軍がパキスタン国内の民家を攻撃した。シラージュ・ハッカーニが、会合を開いていると思われた。

米軍は通常、パキスタン側から攻撃された場合のみ攻撃し、パキスタン軍にパキスタン側に敵がいることを事前に通告することになっている。しかしハモンズは、パキスタン軍の検問所がタリバンに「攻撃され」、パキスタン人関係者は報復を恐れて抵抗勢力たちに情報を流していると見ていた。

今回実施した攻撃のおかげで、タリバンからの攻撃はなかったとハモンズは語る。しかしパキスタン側では、状況は違った。パキスタン軍報道官のアサール・アッバスによると、「女性2人と子供2人が死亡した」。タリバンが民家で会合を開いてはいなかったという。パキスタン政府は抗議した。「攻撃するという情報を事前に受けなかった。このような作戦には、大きな問題がある」。

3月12日のこの出来事は、アフガニスタンにおける米軍主導の戦いが、国境付近では6年経った今でもうまくいっていないことを明らかにする。18ヵ月前にパキスタン政府とタリバン・アルカイダは和平協定を結び、この地域は彼らの温床となったと、米関係者が述べる。抵抗勢力たちはここから出発してパキスタン国内やアフガニスタン東部を攻撃するため、米軍は去年この地域に、これまでの数の2倍の兵士を派遣せざるを得なくなった。

3ヵ国会議が開催され、諜報情報の共有を強化して、合同作戦を実施することが決まった。先週の月曜日、国境地帯6ヵ所に設置予定の協力センターの最初のセンターが、トルハムに完成した。ここに3ヵ国の関係者が、駐屯することになる。

(中略)ハモンズが1ヵ月前に設置した「タリバン・ホテル」と名付けられた基地は、パキスタンの南北ワジリスタンを始め、他のFATA地域からの戦闘員の越境を防止するためのものだ。

パクティア出身のハッカーニのようなアフガニスタンのタリバン司令官と、パキスタンの諜報組織内部の工作員の援助を受けている、南ワジリスタンの司令官バイトゥッラー・マフスードのようなパキスタン人が、最近では協力し合っている(中略)。

タリバン戦闘員や協力者たちは、ワジリスタンの町で作戦を計画して、準備を行なってから国境を越え、アフガニスタン国内を攻撃する。カブールにも入ってくる(中略)。

マイケル・フェンツェルが率いる第1連帯の兵士12人のうち、10人が道路脇に仕掛けられた爆弾で死亡した。抵抗勢力たちには「簡易爆弾隊、自爆隊があり、この2つの隊を全員で守っている」という。

秋から冬の間に、フェンツェルの隊はパクティカとコーストで作戦を実施して村人との関係を強化して、戦闘員の春の攻撃を妨害しようとしている。彼の隊はいくつかの前哨基地を設営し、戦闘員たちを国境付近に追いやり、一般市民の居住地から離そうとしている。

新たな前哨基地は、南ワジリスタンから2マイルしか離れていない(中略)。米軍の兵士の数が足りないために、ハモンズの一行はここに数週間しか留まることができない。アフガン兵とパキスタン兵は、自分たちが去ったあとは国境地帯を守ることはできないだろう。ハモンズは、アフガン国境警察隊員のほうが優秀だと思っている。しかしパクティカには、国境警察隊兵士857人のうちの66%しかいない。さらに12月まで隊を率いていた司令官は、タリバンと取り引きをしていた腐敗した人間だった。

米軍にとっての不満は、仲間であるはずのパキスタン人を信用できないことだ。「パキスタン軍は腐敗しており、国境を監視していない」という。パキスタン軍は抵抗勢力たちに米軍の前哨基地の場所を教えたり、米軍がパキスタン軍に助けを求めたりしても「電話にさえ出ない」。

国境にある検問所に詰めている国境警察隊は、ほとんど敵と同じだ。「国境警察隊員は、タリバンだったりする。情報を流していく」と、ある米兵が述べた。

去年の5月、パキスタンの国境の町テリ・メンゲルで、アフガン軍とパキスタン軍との間の摩擦を緩和するための会議に出席した、第82空挺師団のラリー・J.  ボウゲスが、国境警察隊員に射殺された。パキスタンにいる米軍は、国境警察隊員を訓練して武装するために、数百万ドルを費やしている(後略)。

garrBorder Complicates War in Afghanistan
Ann Scott Tyson、SPERA DISTRICT

■アルカイダの戦争の新局面責任者[080404 New York Times]

2005年7月10日、アフガニスタンのアメリカの収容所からアブ・ヤハヤ・アル・リビというこれまであまり知られていなかった過激派の宗教者が脱獄し、ジハード世界で一気に話題になった。

リビと同じ部屋に収容されていた3人の仲間は、鍵を盗み出してから警備員をかわし、広大なバグラム航空基地にある収容所の敷地を横切って自由になった。この脱走でアメリカの関係者たちは面目をつぶされ、いっぽうでジハード運動関係者たちは驚喜した。その3年後、リビはアルカイダの責任者の地位に昇り、関係者たちを悩ましている。

リビは30代後半で、アルカイダの戦略責任者と思われる。またグローバル・ジハードのプロモーターとも言われ、これまで過激派たちのウェブサイトのビデオに何回も登場している。アルカイダが作戦を実施しているというよりは象徴的な存在になった今、リビはスターとして登場し、彼が頻繁に登場するようになったのは、欧米との戦争に対してアルカイダが情報戦争に重点を置き始めたことを示している。

「彼はアルカイダにとってあらゆる面で重要な人間だと思う」と、Central Intelligence Agencyの元アナリストで、ウェスト・ポイントのCombating Terrorism Center責任者のジャレット・ブラフマンが語る。「彼は戦士だ。彼は詩人だ。そして学者だ。賢者でもある。そして軍事司令官。カリスマ的で若く、アルカイダの先鋭だ。おそらくビンラディンの後継者となり、グローバル・ジハード運動すべてを統括するようになるだろう」。

(中略)あるイスラーム主義者によると、彼が若くカリスマ的であることに付け加え、リビはこれまでアルカイダに欠けていた面を持つという。宗教学者としての面だ。アルカイダがビンラディンやザワヒリと同等に、アフリカで2年間イスラームを学んだリビを多数のビデオに登場させているのも、このためだ。

「ビンラディンはエンジニアで、ザワヒリは医者だ」と、ロンドンに住むサウジ出身の医師ムハンマド・アル・マサリが語る。「従って学者の役割を果たす人間が必要だ」。

リビはリクルーターからイドオロギーの提唱者としてビデオに登場し、さまざまな役割を果たしている。これらのことを考えると、アルカイダが戦略を変更したことがわかる。最近では、アメリカなどのメディア作戦を妨害する、防衛戦も行なっている。

リビは説教師としての服装で、メッセージを送る。黒いターバンを胸までたらし、白いアラビアの民族衣装や迷彩服など、衣装を変えて登場する。

今年リリースされたビデオ説教でリビは、「神の言葉に耳を傾ける東西のムスリスの若者よ、戦いに行きなさい。その道が困難であろうと簡単であろうと。神の使命のために努力しなさい。あなたが所有するもの、あなたの命を持って」と呼びかけた。

しかしリビは、アルカイダの拠点を拡大するためではなく、強化するためにビデオを使用している。アルカイダはクルアーンを曲解してジハードを推進していると主張する、穏健派のムスリム学者を非難する。拘束しているジハード組織の人間に、戦いうことを止めさせようと説得しているサウジ政府をあざわらう。

去年の秋にリリースされた93分間のスピーチでリビは、誤ったプロパガンダを押しつける心理戦が急増していると、支持者に防衛を促す。アルカイダの組織を脱退しようとするメンバーは殺害されると噂を引き合いに出し、「気高く純粋なアルカイダとその責任者たちは、そのような戯言に耳を傾けない」と語った。

これらのリビの発言を、欧米の諜報アナリストたちは重視して、そこから何らかの情報を得ようと必死になっている(中略)。

1990年代の始めにアフガニスタンに行ったリビは、その後北アフリカのモーリタニアにイスラームを勉強するために派遣された。2年後にアフガニスタンに帰ると、そこはすでにリビアの過激派たちの戦場ではなく、避難所となっていた。タリバンがアフガニスタンのほとんどを支配していたのだ。

リビは戦術の訓練はそれほど受けず、当初は過激行為に関する説教はそれほどなかったと、アフガニスタンでリビに会ったことのあるリビア人が語った。「彼は訓練所を訪問しはじめ、シャリアについて語り始めた。

9.11の1年後にリビはパキスタン政府に逮捕され、アメリカに引き渡され、バグラム収容所に入れられた。

2005年に収容所から脱走してから発表されたビデオの中でリビとその仲間は脱走について語り、神が追手から守ってくれたと語った。そして最近ジソード組織のウェブサイトに出回っている新しいビデオでは、再び脱獄をドラマチックに描いている。

リビはハッサン・カリッドとユーニス・アル・サハラウィという名前も使用しているが、アフガニスタンとパキスタンとの間の国境地帯にいると思われている。

アルカイダの内部組織内に、一気に入り込んで行なった。一般市民の犠牲者を出しすぎているとして、アブ・ムサーブ・アル・ザルカウィを戒める手紙を書いた責任者の1人でもある(中略)。

その後に出演したビデオでリビは、自分をアルカイダにとって役立つ人間と位置づけている。アルジェリアの自爆犯を批判したムスリムの学者たちを非難し、オランダのムハンマドの風刺画に対して復讐するよう、ムスリムを促した。

米国務省の対テロ責任者のデル・L.デイリーは、「アブ・ヤハヤはアルカイダ幹部で、組織の幹部戦略家でもあり、組織のジハード・プロモーターとして最も信頼を受けている代表者である」と語った。

また今年死亡したアブ・サイス・アル・リビを引き継ぎ、アフガニスタンとパキスタンにいるリビア人戦闘員たちの責任者となった(中略)。

アブ・ヤハヤ・アル・リビがアルカイダの情報戦争の要であることは、去年の秋に発表された「Dots of the Letters」で明らかとなる。

イスラーム過激主義を世界に広めるために、リビは暴力を否定した「離反者」を非難し、ジハードを犯罪とする穏健派ムスリムを攻撃した。アメリカとその仲間が心理的戦法を用いて秩序を乱そうとしていると主張し、その6つの手法を挙げた。

最近イラクでは、ペンタゴンがアルカイダを弱体化させるために作戦を強化している。アメリカが拘束している人間に暴力を放棄させるために、イマームを利用さえしている。

去年の秋に発表されたビデオでリビはアルカイダ支持者たちに、このような戦術に負けてはならないと促し、結果的に失敗するだろうと述べた。逮捕された過激派たちが考えを変えるのは、拘束されている状況を考えれば仕方ないことだと抗議した(後略)。

hoonRising Leader for Next Phase of Al Qaeda's War
MICHAEL MOSS and SOUAD MEKHENNET

■タリバン、古い友を歓迎[080402 Asia Times]

墓の中からの声のように、アフガニスタンの伝説的なムジャヒディン・リーダーのジャラウッディン・ハッカーニが、アフガニスタンでタリバンの春の攻撃を指揮するために登場し、彼が率いる抵抗運動とオマール師のタリバンとの間の亀裂の噂を打ち消した。

先週発表されたビデオ・メッセージの中で、ヘナで染めた赤い髪のハッカーニは、彼のトレードマークとなっている低い声で、アフガニスタンの人々に「アフガニスタンにいる米軍主導軍と戦い、彼らを追い払う」ことを呼びかけた。このビデオは、最近になって出回っている。

(中略)ハッカーニの話のバックには、オマール師を讃える歌が流れ、彼はタリバンの主流から離れたという噂を打ち消している。

息子のシラージュッディンとともにジャラウッディン・ハッカーニは、ハッカーニ・ネットワークと呼ばれる組織を作り、パキスタンの部族地帯で活動している。今やオマール師としっかり連帯しており、アフガニスタンの同盟軍にとっては大きな脅威である。

ハッカーニは、タリバンが弱体化して春の攻撃はできないと主張するNATO軍の考えを否定する。「NATOの37国家は辱められ、アフガニスタンから追い出されだろう。ジハードは義務であり、我々は最後まで戦う。我々には資金はないが、神の加護がある」。

ハッカーニによると、タリバンとその仲間たちには、NATO軍と戦うための新たな計画があり、和解はあり得ないという(中略)。

ハッカーニの演説のコピーはアフガニスタン東部に出回り、カセットテープから携帯電話でのダウンロードに至るまで、さまざまなフォーマットで入手できる。長い間沈黙を守り、死亡してさえいると噂されていたハッカーニの演説は大きなインパクトがあり、パシュトゥーンの間では大きな原動力となりそうだ。

特にNATO軍は、最近のタリバンはリーダーのいない若者の集りだと主張してきた。「彼らは、ハッカーニはドバイで死亡したという噂を広めてきた。私はドバイに旅する店番でも商売人でもない。世界を放浪する政治家でもない。アメリカ人たちは、自分たちのテクノロジーを持って、私の死をメディアに流すことができると考えた。しかし今やメディアは、ムジャヒディンの士気をくじくための嘘だったということに気がつき始めている」と、ハッカーニが述べた。

ハッカーニのビデオの中で、Cuneyt Ciftci別名、サード・アブ・フルカンという名前のトルコ系ドイツ人が、3月3日にコースト集州のサブリ地区にある米軍基地のそばで、トラックごと自爆する映像が流れる。欧米の新聞報告によると、NATO主導の国際治安維持軍兵士2人とアフガン人労働者2人が死亡、6人が負傷した。しかしビデオでは、63人が死亡したと主張している。

《タリバンの新たな戦い》

この自爆攻撃のビデオを見ると、これまではタリバンが用いなかったような計画や組織力が明らかになる。設計士が描いたような、サバリ地区本部の精密図面がでてくる。新しく建設された建物の塀や警備のための内側の塀、入り口、部屋、裏庭や玄関部などが出てくる。タリバンが、労働者か建設者と関係があったことは確かだ。タリバンたちが地図の周りに座り、爆発物を搭載した車で自爆攻撃を行なう計画を、話し合っている。

これは、これまでのアフガンのビデオとは異なる。ハッカーニのビデオは、2004〜5年のイラクの抵抗運動で作られたビデオとそっくりだ(中略)。

タリバンはパキスタンのカイバル行政区にも、新たな基地を作った(中略)。タリバンのビデオによると、タリバンはできる限りの外国の技術を使用し、部族民長老たちを味方につける。アフガニスタン南西部のムッラー・バラダールのようなタリバン司令官や、ナンガルハルのアンワルゥル・ハック・ムジャーヒッドや、ウズベクやアラブ人司令官たちが協力しあう。もちろんハッカーニもこれに加わる。

さらにパキスタン人やカシミールの戦いなどで活動していたジハード者数千人も協力する(後略)。

hoonTaliban welcome back an old friend
Syed Saleem Shahzad、KARACHI

■タリバン、話し合いには応じるが態度は軟化せず[080402 Asia Times]

パキスタン政府が申し出た話し合いを歓迎しながらも、パキスタン人タリバンは、自分たちが拘束しているという250人の治安関係者と引き換えに、仲間の釈放を要求している。

パキスタン人タリバンが釈放を要求しているのは、原理主義モスク、ラール・マスジッドの祈祷責任者だったモーラナ・アブドゥル・アジズ、アフガニスタンのタリバン政権時代の元国防大臣のムッラー・オバイドゥッラー、そして元グアンタナモの囚人で現在はISIが拘束しているムスリム・ドストなどである。

これと引き換えにパキスタン人タリバンは、自分たちが拘束している250人の治安関係者を解放すると主張している。

新政府のギラニ首相は土曜日、タリバンと和平協定を結ぶことを主張し、武器を放棄したタリバンとは話し合いに応じると申し出た(中略)。

「イスラマバードが対話を申し出をした直後に、バイトゥッラー・マフスードが要求を出してきた」と、北ワジリスタンのムジャヒディンのシューラ(議会)と関係のある人物が述べた。

ギラニは、対話をとおして国内から過激主義を排除することを誓っている。またイギリス植民地時代から部族地帯に課されてきた法の改正も、実施しようとしている。北西辺境州政府の連立政府に属すパシュトゥ・ナショナリストのアワミ・ナショナル党は、部族地帯の平和のためにタリバンと話し合いをすでに開始していることを認めた。タリバンはパキスタン政府の政策の変更を、歓迎している。

タリバンは、カサダール(部族民警察)や国境警察隊兵士、パキスタン陸軍などの捕虜250人を拘束している。全員、マフスードの配下の者たちに拘束されている。アルカイダと関係のあるマフスードはすでにパキスタンを去り、おそらくアフガニスタンにいると考えられている。地元の人間や仲間を通じて、パキスタンにメッセージを送っている。

《埒があかない状況》

イスラマバードの政府は、パキスタン人タリバンの要求に応じて拘束者を釈放するか、再び戦いを挑むか、選択を迫られている(中略)。

連立政権の第2党である、ナワーズ・シャリーフが率いるパキスタンムスリム連盟は、ムシャラフ政策に対抗して議席を獲得した。特に部族地帯に対する軍事作戦の中止と、ラールマスジッドに対して実施された作戦の検証を国民に約束した。またラール・マスジッドに付随していた女性のためのマドラッサ、ジャミア・ハフサの再建と、この事件で逮捕された者すべての釈放も約束した。

「我々は約束を守る。ラール・マスジッドの作戦を捜査し、拘束された者たちの釈放や、女性のマドラッサの再建を行なう」と、先週国会議員のハワジャ・サード・ラフィークがテレビに出演して語った。

しかし連立政権のパートナーである第1党のPPPとは、この点では意見が分かれている。PPPは国家の平和を求めてはいるが、「テロとの戦争」を犠牲にはしない。

月曜日に政府は駐ワシントンのパキスタン大使に、マフムード・アリ・デュラニ元中将を任命した。ということは、PPPはワシントンが望んでいる「テロとの戦争」を放棄するつもりはないことを示す。

デュラニは、1989年にジアウル・ハク将軍が飛行機事故で死亡した直後に引退してアメリカに渡り、シンクタンクで活躍していた。彼は、ワシントンの政策決定者たちと近い関係にある。この関係のために、2006年にムシャラフは彼をワシントンの大使に任命した。ジアの家族は、ジアの飛行機事故を画策したのはデュラニだと、彼を非難している。

PPPが武装勢力の要求に応じない理由は、資金の問題のためだ。大蔵省のアシュファク・フセイン・ハーンが最近明らかにしたところによると、去年アメリカはパキスタンに「テロとの戦争」のために約束していた資金を支払わなかった。その結果パキスタンは地元の銀行から、56億ドル相当の負債を抱えたという。

もしパキスタンが武装勢力の要求に答えれば、ワシントンはパキスタンが「テロとの戦争」から撤退したと受け止められ、さらに12億ドルの支払いが差し止められる。

「すでに甘い言葉を交わす時代ではなくなった。もし政府がビジネスを要求するのなら、値引きしなければならない。我々にとっては、別に何も変わらないからだ」と、部族地帯のパキスタンタリバンの関係者が述べた。

hoonThe Taliban will talk, but no 'sugar-coating'
Syed Saleem Shahzad、KARACHI

■タリバン幹部責任者、「逮捕」[080401 BBC]

アフガン警察によると、ヘルマンド州でタリバン幹部司令官のムッラー・ナキブッラーを逮捕した。

ヘルマンド州警察長官のモヒード・フセイン・アンデワルによると、抵抗勢力たちがラシュカル・ガーの警察を攻撃した際にナキブッラーが負傷し、逮捕された。この戦いでタリバン3人と警察官2人が死亡したという。

2月にアフガン政府はこの責任者を殺害したと主張したが、タリバン側は否定していた。『BBC』特派員が後に、ムッラー・ナキブッラーと思われる人物と電話で話している。

ムッラー・ナキブッラーはパシュトゥーンの抵抗勢力司令官で、収容所から2度脱走している。

hoonTop Taleban leader 'is arrested'

■イギリス兵2人とオランダ兵1人、アフガニスタンで死亡[080331 AFP]

月曜日にアフガニスタンの関係者が、英海兵隊員2人とオランダ兵1人が死亡したと発表した。

兵士たちはヘルマンド州で死亡した。

月曜日に、英軍と一緒にゲレシュク町のそばで発生したタリバンとの激戦の際、オランダ兵1人が死亡、2人が負傷した。戦闘にはヘリコプター戦闘機や戦車、迫撃砲や大砲が使用されたという。

また日曜日には車が爆発して、英海兵隊兵士2人が死亡した。兵士たちはヘルマンド北部をパトロール中だった。爆発はカジャキ・ダムの近くで発生したという(後略)。

hoonTwo British, one Danish soldiers killed in Afghanistan
KABUL

Sniffed Out By Trail Dog 0-1, 2003 - 2008.