【2008年7月21日〜 7月27日】


■武装勢力、検問所を占拠[080726 News]

金曜日に武装勢力数十人が、国境警察隊員たちが放棄したバジョールにある検問所(ポスト)を占拠した。

しかしある軍関係者によると、この検問所が放棄されたのは、軍が別の場所に移動したからだという。「放棄したのではなく、必要に応じて別の場所に移動しただけだ」。

またバジョールでは金曜日、アメリカの偵察機2機がバジョールとモーマンドに上空侵犯し、これまでもたびたびいやがらせを受けてきた部族民たちはパニックに陥った。

バジョールの関係者と部族民情報源によると、クナール州との国境付近に配置された準軍隊関係者は、バジョールのカールにある本部に呼び戻されたという。タリバンによる妨害のために、この地域に補給物資を運び込むことが難しくなったためだという。

軍が引き上げたのは、7つある検問所のうちの4つで、ワラエ・マモンドのサラルザイ、カガ峠、バンダンコットと、ロエ・マモンドのダマンゲのポストである。このうちダマンゲ・ポストは、数年前に多額の資金を投入して設営された。兵士数百人を収容でき、23の部屋がある巨大な城塞だという(後略)。

hoonMilitants occupy four security posts
Mushtaq Yusufzai、PESHAWAR

■ハングでアルカイダとタリバン32人逮捕[080726 News]

首相アドバイザーのレーマン・マリークによると、少なくともアルカイダ関係者1人とタリバン中堅司令官32人がハングで逮捕されたという。

「今回作戦の最大の逮捕者は、テヘリーケ・タリバンの副司令官のラフィウッディンとアムジャッドという、あるアルカイダ関係者だ」と、マリークが記者会見で述べた。(中略)「情報によると今回の作戦で、武装勢力35〜40人が逮捕され、我々の兵士17人が死亡した」(後略)。

hoonAl-Qaeda man, 32 Taliban held in Hangu: Malik
Mobarik A Virk、ISLAMABAD

■タリバン、洗練されたメディア・ネットワークを使用[080724 AP]

アフガニスタン政府へ人々が協力することを妨害するために、タリバンはビラを配布して脅迫したり、携帯電話の着メロとして使用できる歌を用いて過激的な見解を広めていると、木曜日にThe International Crisis Groupが報告した。

(中略)配信されているメッセージの多数は、アフガン・ナショナリズムやイスラーム的な誇りを鼓舞するような、歌や宗教的な朗誦、詩の形をとるが、必ずしもすべてをタリバンが直接制作しているわけではない。

音楽のいくつかは携帯電話の着メロとして入手でき、「さぁ、ジハードに行こう」というような歌が含まれるカセットがある。タリバンの身体検査を受けた際に防御策として、このようなカセットを常に所持していると述べる者もいる。

『Al Emarah』に掲載されている「死は贈り物」という詩には、「ローラ・ブッシュの手にはキスをしない」というようなフレーズがあった。

タリバン運動は、『Al Emarah』または首長国という名前のウェブ・サイトを持っているが、これは妨害を受けた時のために、多数のドメインを持っている。またタリバンは、英語を含めたさまざまな言語で書かれたパンフレットや雑誌も出版している。DVDやカセットも使用される。

アフガニスタンの識字率は低く、またインターネットやテレビにアクセスすることができる人間も少ないために、タリバンはメッセージを広めるために、伝統的な方法を使用している。夜間にビラを配布するのだ。これらのビラは、国際軍や政府に協力する人々を脅迫しているという。

またタリバンは、外国軍が一般民を犠牲にすると大きく騒ぎ立て、自分たちが一般民を殺害すると、関与していないと否定する(後略)。

hoonTaliban using sophisticated media network
NAHAL TOOSI、KABUL

■タリバンを分裂させる計画、失敗[080723 Asia Times]

(前略)アルカイダはパキスタンの部族地帯で、その拠点を確かなものにしつつある。他国から新たな志願兵を迎え、地元の部族民の中にも、ネットワークを広げている。

状況が緊迫してきたために、パキスタンの治安組織はサウジ政府と協力して行動する必要性に迫られた。新たに結成されたタリバン組織の中に政府の言いなりになる組織を作り、反政府組織であるアルカイダ系のバイトゥッラー・マフスードのパキスタン・テヘリーケ・タリバンと対立させようとした。

アルカイダはすぐに対応して、この新組織が活動する間もなく、排除した。先週の金曜日のことである。

アルカイダの事情に詳しいあるパキスタン人過激派が語ったところによると、「パキスタンとサウジ政府が陰謀を企て、ワジール族とマフスード族のタリバン司令官の部族間対立を利用しようとした」という。「しかし金曜日にモーマンド行政区で衝突があり、バイトゥッラー・マフスードに近いタリバン司令官が、親政府系タリバンの地元リーダー、シャー・ハリッドを含む政府の手先を排除した」。

ハリッドを含む15人が殺害された。シャー・ハリッドは「シャー・グループ」という組織の責任者で、彼とともにその腹心のカリ・アブドゥッラーが戦闘で死亡した。ハリッドは、マフスードの戦闘員たちに投降したあとに殺害されたとも言われる。

これまでハリッドの組織は、アフガニスタンにいる米軍主導軍とだけ戦い、地元パキスタンの問題には関心がなかった。しかし最近になって北ワジリスタンのワジール族の司令官、グル・バハドゥールが率いる、新しい組織の傘下に入った。グル・バハドゥールは、アルカイダと近いマフスードのネットワークに対立する。

組織はそもそも、ワジール族とマフスード族の部族的な対立から生じたといえる。パキスタンの治安組織はこれを利用し、モーマンドのこの新たに出きたシャー・グループの他に、たとえばカイバル行政区のハッジ・ナマンダールや南ワジリスタンのハッジ・ナジールなど、タリバン内にいるISIの息のかかった人間をそそのかした。(中略)。

タリバン内部の対立は、アミヌッラー・ペシャワリという男の登場で始まる。彼はペシャワル出身の有名なサラフィ学者で、その影響はモーマンドとバジョール、さらにアフガニスタンのクナールとヌーリスタンに広がった。

アミヌッラーは反政府的な人間で、ビンラディンとたびたび会っていたが、過激派ではなく、武装組織を率いるわけでもなかった。この地域で反米を唱える人間にすぎなかった。

アフガニスタンにアメリカが侵攻してタリバンが敗北すると、アルカイダに対するFBIの捜索がパキスタンで開始された。パキスタンの治安組織は、注意深く行動しなければならなかった。治安関係者はすぐにアミヌッラーと接触し、彼が逮捕される可能性があること、グアンタナモ収容所に送られる可能性があることを警告した。

このサラフィ学者は追い詰められ、パキスタンの治安組織の言いなりになって、モーマンド行政区のラシュカレ・トイバの司令官、シャー・ハリッド支持を表明せざるをえなくなた。

ハリッドの組織は、パキスタンの治安組織と関係があったために、アフガニスタン内部で活動することを禁じられていた。しかし、アミヌッラーが支持したことにより、ハリッドはアフガニスタンで自由に行動できるようになった。アミヌッラーもハリッドも、今やISIとサウジの諜報組織の駒となった。

アミヌッラーは武装した警備員を引き連れ、四輪駆動車を連ねてペシャワルを動き回った。ハリッドも同じだった。これらの配慮や資金調達のおかげで、彼らのネットワークは拡大し、アフガニスタンでも数々の成功を収めた。

今月になって北ワジリスタンのグル・バハドゥールが、バイトゥッラー・マフスードとの分裂を表明し、彼がパキスタン人タリバン責任者となった。そしてハリッドは、グルの重要な追随者となった。

しかし、他の地元タリバンやアルカイダ司令官たちは、ハリッドは政府と関係があると疑っていた。ヌーリスタン州の有名なタリバン副司令官とクナール州のムフティ・ユースフがハリッドに、別のジハード組織を立ち上げるのではなく、地元のタリバン活動に従事するべきだと助言した。しかし、この助言は無視された。その結果、シャー・ハリッドとオマル・ハリッド、別名アブドゥル・ワリとの間の緊張が高まった。オマル・ハリッドは、タリバンによって任命された地域司令官である。

北ワジリスタンのグル・バハドゥールは、伝説的な反英抵抗戦士、イピのファキールの孫であるために、タリバンはグルと対立する意思はなかった。グルがISIの駒かどうかも、はっきりしなかった。

しかしオマル・ハリッドは、ISIに支持された何人かのパキスタン人タリバン司令官が、自分とグル・バハドゥールの対立を利用するだろうと疑っていた。そして南ワジリスタンのハッジ・ナジールとともに、シャー・ハリッドがその1人に違いないと見た。

したがって、ISIの本当の駒と対戦することにした。その最初に選ばれたのが、シャー・ハリッドだった。シャー・ハリッドは、オマル・ハリッドに、すぐにこの地域から立ち去るよう、忠告された。シャー・ハリッドはこれに応じて、仲間の1人であるカイバル行政区のハッジ・ナマンダールから、カイバル行政区内に基地を与えられた。しかし火曜日、シャー・ハリッドの部下が、オマール・ハリッドの腹心を殺害してしまった。

ヌーリスタンとクナール州に通じる地域で起きたこの事件は、タリバン指導者であるオマール師も注目した。ISIの息が掛かっているのが実際に誰なのか、確かめるためである。

オマール師は2人の重要な地域司令官を、仲介役として派遣した。アフガニスタンのナンガルハルとパキスタンのカイパル行政区司令官のウスタッド・ヤシール、そしてアフガニスタンのヌーリスタンとクナール、そしてパキスタンのモーマンドとバジョールの司令官であるカリ・ジアール・レーマンである。

この2人の司令官が、金曜日にモーマンドに到着した。しかし地元タリバン司令官はすでにシャー・ハリッドと戦いを始めて、彼を打ち負かし、組織の武器を奪ったあとだった。

ウスタッド・ヤシールとシリ・ジアール・レーマンを含むオマール師の使節団は、タリバン間の流血沙汰はあってはならないと警告。今後戦闘員たちは1つの傘下に入り、個人的な行動は許されないと警告した。これはバイトゥッラー・マフスードに対する、明白なメッセージでもある。

いっぽうパキスタン政府は、シャー・ハリッドの殺害を利用しようとした。遺体をペシャワルに運んで、各地のサラフィ派組織の人間を集めた。リヤドに認められた最も重要なサラフィ派の政府要員、アラマ・サジッド・ミールが、ペシャワルで行なわれた葬儀に出席して、その後の記者会見で、タリバンの多数が逸脱者だと述べた。逸脱者とは、サウジの宗教者たちが、アルカイダを指すときに用いる言葉である。

パキスタンの国際紙は、同盟軍と戦うアフガン戦争支持者の間に亀裂が生じたというようなヘッドラインを、こぞって掲げた。

バイトゥッラー・マフスードはすぐに、タリバンと和平協定を結んだ北西辺境州政府の辞任を要求した。同時に、タリバンは北西辺境州で戦いを再開した。

タリバンとアルカイダは、部族地帯での活動を激化させ、表面に躍り出てきた(後略)。

garrPlot to divide the Taliban foiled
Syed Saleem Shahzad、KARACHI

■アルカイダ指導者、珍しくテレビに登場[080722 BBC]

アフガニスタンにおけるアルカイダの作戦司令官と思われるムスタファ・アブ・アルヤジッドが、珍しくテレビインタビューに応じた。

パキスタンの『Geo』テレビに登場し、6月にイスラマバードのデンマーク大使館で行なわれた爆弾事件は、アルカイダの仕業だと述べた。『Geo』テレビによると、インタビューはアフガニスタンのコースト州で行なわれたという。

2002年以来、アルカイダ幹部が特定のメディアに登場してインタビューに応じるのは、初めての事である。『Geo』テレビのレポーター、ナジーブ・アフマッドが、コーストのある場所でインタビューを行なった。

ムスタファ・アブ・アルヤジドは、シェイク・サイードとも呼ばれる。53歳のエジプト人は、奇襲隊ジャケットを来て、白いターバンを巻き、髭を染めていた。『Geo』のマイクを手に、アラビア語でカメラに向かって話した。

アルカイダ工作員が、6月2日に起きたイスラマバードのデンマーク大使館の攻撃を実行したことを認めた。「あの攻撃を誇りに思っている。うまくやったと、仲間を祝福した」。「無実なムスリムがいない時間を選んで、攻撃した」と付け加えた。死亡した8人は、全員ムスリムだったと報告されている。

攻撃の直後ムスタファ・アブ・アルヤジドはインターネットの掲示板で、ムハンマドを侮辱するマンガをデンマークの新聞が再び掲載したことに対する復讐だと述べていた。

彼は9.11の攻撃のための資金の調達を受け持っていたとも、報告されている。

『Geo』のインタビューアーに、アルカイダは、9.11の攻撃や1998年のケニアとタンザニアの米大使館攻撃にも関与したと語った。またパキスタン政府がイスラーム主義の過激派と戦っている事を非難し、自爆攻撃を正当化するとともに、アフガニスタンにおけるタリバンとアルカイダの勝利を予言した。

アルヤジドは、1982年のエジプトのサダト大統領暗殺に関与したとして、3年間服役した。1年前にパキスタンで病死したアブ・ウバイダ・アルミスリの後継者と考えられている(後略)。

ohAl-Qaeda leader in TV interview
M Ilyas Khan、Karachi

■クラム行政区に作戦拡大[080721 News]

治安部隊は、日曜日にハングで実施していた作戦をクラム行政区に拡大し、武装勢力5人を殺害、家宅捜索で60人を逮捕した。

トラ・ワライの国境警察官の検問所を約百人の武装した男たちが攻撃したために、武装勢力と治安部隊の間で戦いが発生した。衝突は数時間続き、その後武装勢力は逃走した。コプラ戦闘ヘリコプターと大砲がトラ・ワライとその周辺を攻撃した。

逃走する武装勢力を追って、軍のヘリコプターや砲撃隊がクラム行政区に移動した。ガルダナ、ドガール、マノガーン、タンド、マズダニアなどの地域が攻撃された。マズダニアでは一般車輛も攻撃され、乗員2人が負傷した。この他に3人が負傷している。

軍報道官のアサール・アッバス少将は、軍は、武装勢力が隠れているクムラ行政区の山岳部を攻撃しているという。現在のところ過激派15人が殺害され、60人が逮捕された。治安関係者5人が負傷している(後略)。

hoonOperation extended to Kurram
Javed Aziz Khan & Saiful Islam、PESHAWAR/HANGU

Sniffed Out By Trail Dog 0-1, 2003 - 2008.