【2009年9月7日〜9月13日】


■ビンラディン、アメリカ人にテープメッセージ[090913 New York Times]

9.11の2日後、「アメリカ人へ」と題された、ビンラディンのものと思われる新しいオーディオ・テープがリリースされたと、報道機関が発表した。

テープは、アルカイダがメッセージを発表するために使用される「アス・サッハーブ」に掲載された(中略)。

SITE Intelligence Groupによると、9月13日にリリースされた11分20秒のメッセージは、9.11の攻撃を行なった理由を挙げ、アルカイダとアメリカの戦いを終わらせる方法を述べた。ムスリム世界に対する不公平と、アメリカがイスラエルを支持していることに触れた(後略)。

hoonBin Laden Addresses Americans in Tape
MARK McDONALD

■ワジリスタンの権力分布[090913 Dawn]

(前略)バイトゥッラー亡き後、その後継者を決めるまで時間がかかった。

3人の候補者、ハキムッラー、カリ・フセイン、アザム・タリークは、マフスード族のバロルザイ枝族に属する。いっぽうモーラナ・ワリウル・レーマン、アザマトゥッラー、ヌール・サイードは、マンザイ枝族に属する。歴史的にマフスード居住地の権力の座に就いていたのはマンザイ枝族で、タリバンに人材を提供したりリーダーシップをとっていたのは、マンザイ枝族出身者である。

しかしTTP後継者選出に関しては、マンザイがバロルザイに敗北した。ハキムッラーが他を圧倒し、タリバン会議は、彼とモーラナ・ワリウル・レーマンのどちらかを選ばざるをえなくなった。最終的にハキムッラーが選ばれ、モーラナ・ワリウル・レーマンは南ワジリスタンの責任者に、アラム・タリークは報道官責任者に選出された。

TTPは、ワジリスタンでリーダーシップの主流を保持することができるだろうか? それともサラフィー派が台頭するか? JUI-F系過激派組織アシャート・タウヒード・ワ・スンナ (Panj Piri)とSSPの影響も、忘れてはならない。

タリバンには、さまざまな亀裂がある。バジョールTTP責任者のファキール・ムハンマドは、ハキムッラーが新たな責任者になることを表明したが、北西辺境州のの国会議員、JUI-Fのムフティ・キファヤトゥッラーはメディアに、モーラナ・ワリウル・レーマンがTTP責任者に推薦されたと述べていた。

カイバル、バジョール、オラクザイ、スワートのタリバンは、サラフィ(Panj Piri)派の影響を受けている。オラクザイでは、タリバンはシーア派を攻撃し、ラシュカレ・ジャングヴィのメンバー多数がTTPに協力して宗教間抗争になっている。宗教間抗争を支持しているアザム・タリークがTTPの報道官責任者に任命されたのも、このせいだ。スワートからオラクザイにかけたタリバンがサラフィー運動の影響を受けるいっぽうで、唯一ワジリスタンだけがJUI-Fの影響下にある。

2009年3月、バイトゥッラー・マフスードとハーフィズ・グル・バハドゥール、モーラビ・ナジールがShura-i-Ittihadul Mujahideenとよばれる、13人からなる委員会を結成した。このシューラは、8月15日にラッダ地区にあるマフスード族の居住区サレエ・ロガエ地域で、モーラビ・ナジールとグル・バハドゥールの部下17人が射殺されたために、大きな打撃を受けた。ナジールの組織は後にバイトゥッラーに、この件に関してウズベク人とマフスード族を含む8人を引き渡すよう、バイトゥッラーの組織に申し渡した。このようにしてShura-i-Ittihadul Mujahideenは決裂した。

マフスード族の地域にいるアブドゥッーラの組織、タンク地域のトゥルキスタニ・ビッターニ、ワジール族居住地のモーラビ・ナジール、北ワジリスタンのハーフィズ・グル・バハドゥールの存在により、ハキムッラーが率いるTTPは、活動を制限されている。

TTPにとってもう1つの障害は、新しい政府の政策である。北西辺境州知事が6月に表明したように、行政府はタリバンを取り締まるラシュカル結成を、部族民長老に強制した。行政府は諜報組織の協力を得て、集団責任という名目で、遠くはカラチから長老たちを集め、「我々の側につくか、つかないか」を明言するよう強制した。

ラシュカルの立ち上げのための資金援助をするか、ラシュカレに参加するか、または部族民の伝統に従い「被害」の責任を第3者に取らせるかを迫った。政府はすでに、アブドゥッラー・マフスードの組織とは関係を築いていた。この組織は主にシャマンヘール氏族からなり、バロルザイ・マフスード族の協力も得ている。関係者によると、ラシュカルの基礎はできあがり、イードのあとに2つのラシュカルが殺戮を開始するという。まずはバイトゥッラーの拠点である国境の町、マキン。そしてカトカイで動きだす。両方とも南ワジリスタンである。

2つの町は、ともに重要である。カトカイは東部から南ワジリスタンに入る入り口である。マキンの北には軍が駐屯するラズマック城がある。今回は2007年3月に南ワジリスタンのワジール族の居住地で、モーラビ・ナジールがウズベク人たちを追い払った時のように、成功する可能性が高い。

ティアルザ城の側から部族地帯の南にかけて、ナジールの組織とTTPが対立しているせいで、南部に入っていくTTPの人間を監視することができる。ワナ、シャカイ、タナイ城に駐屯する軍が、タリバンを追い詰める。新たな戦略のため、TTPは窮地に追いやられる。しかし最も苦しむのは、ワジリスタンの一般市民だ。

garrWaziristan power politics
Alamgir Bitani

■パキスタンの外部調達、テロとの戦争の一部[090913 AP]

タリバン式に髪や髭を伸ばし、アフガニスタンの米軍やNATO軍に対する攻撃を支持しているのに、これらの戦闘員は見逃され、パキスタンの協力を受けていると見られている。共通の敵、テロ組織に対立するからだ。

新政府系過激派は、パキスタン人タリバンと戦うためにはなくてはならない。敵を知り、土地を知っている。彼らが戦うことで、軍の犠牲者数も少なくなる。指導者を失ったパキスタン人タリバンが混乱している間、味方に引き込むこともできる。

しかし批評家たちは、これらの戦闘員と協力することで、パキスタンは怪物を育てていると語る。部族間の対立のせいで今のところは敵対しているが、同じ過激派であることには変わりない。国家との協力は一時的にすぎず、政府が自分たちの駒と戦う日が、いつか来る。

アメリカは、特にデーラ・イスマイル・ハーンの民兵団を憂慮している。彼らはイスラーム過激主義の信奉者だからだ。組織の標語は、「神の名のもとで戦う」ことの必要性を主張する。「政府のタリバン」というような名前さえ与えられているために、ますます混乱が生じている。

アブドゥッラー・マフスードの民兵団の戦闘員と、町の本部で会った。ワジリスタンのタリバンの拠点のすぐ外である。インダス川のほとりのこの町には、警察や軍が多数駐屯している。

2年前に治安部隊に殺害されたアブドゥッラーとパイトゥッーラーは、親戚関係にはない。彼らはマフスード族であっても、別の氏族に属する。

戦闘員たちは、町で自由に活動している。自動兵器を持ち、ピックアップで町を走り回り、町の中心から1キロ離れたと場所になる組織の本部に、急ごしらえの収容所も備えている。去年、パイトゥッラーの部下70人を処刑したという。

「バイトゥッラーの戦闘員は、一般人を殺害している」と、重武装した戦闘員を従えたバーズ・ムハンマド最高司令官が語る。この7月、バイトゥッラーの仲間組織のリーダー、カリ・ザイヌッディンが、本部の部屋で寝ていたところを暗殺された。ムハンマドはこの攻撃で足を4回撃たれ、今は松葉杖をついている。部屋の壁には、銃弾の穴が2ヵ所残っている。「復讐する」と、ムハンマドが語った。「しなければ、我々の組織の意味はない」。

本部を訪れた数時間後、『AP』の取材班は、軍に12時間、ホテル内で拘束された。携帯電話も取り上げられた。すぐに町を出て、イスラマバードに帰るという条件で、解放された。拘束された理由は明らかにされなかったが、後になって軍関係者が、地元政府は、取材班の身元が怪しいと思ったのだという。

ムハンマドたちは、アフガニスタン内の攻撃は支持するものの、現在のところはバイトゥッラーの組織を攻撃することが最優先事項だという。「圧政に苦しんでいる人々のために、我々は戦わなければならない。それは神の命令だ」と、ムハンマドが述べた。

ある戦闘員、アブドッゥラ・ハックは、以前はパキスタン人タリバンに所属していたが、去年パキスタン国内を攻撃することに反対だったと述べた。自分の携帯電話には、捕まえたバイトゥッラーの仲間の写真を保存している。中には先週処刑したという2人の男もいる。

パキスタン軍にとって、部族地帯の抵抗勢力を排除することは、大変な仕事だ。これまでもワジリスタンで掃討作戦を試みたが、うまくいかなかった。アフガニスタン側で戦う抵抗勢力に寛容であるために、結果的にイスラマバードを直接攻撃しようとしている者たちに資金の流入を許しているとも非難されている。

アサール・アッバス軍報道官は、軍はアブドゥッラーや、タンクを拠点としている別の親政府系組織、トゥルキスタン・ビッターニと関係していないと述べた。しかしこれらの戦闘員は、パキスタン人タリバンと戦うためには役に立つことを認めた。「大きな悪と戦わなければならないなら、誰でも歓迎する」という。

これらの民兵たちは、治安組織から資金や兵器、兵站学的な援助を受け続けているはずだと、オブザーバーたちは語る。8月、ビッターニの拠点を攻撃したパキスタン人タリバンに報復するために軍の戦闘機が出動したと、諜報関係者が述べている。

「我々は政府から全面協力を受けている」と、ムハンマドが述べた。「この地域にいるマフスードの部下たちを、好きなように攻撃できる」。

スワートを含め、部族の軍隊が各地で組織された。しかしこれらの民兵はほとんどが村人で、古い武器しか持たず、戦闘経験もない(中略)。

ムハンマドの主張によると、ワジリスタン全域に3000〜4000人の民兵がいるという。本当だとしても、この地域にいるパキスタン人タリバンは1万5000人で、その数ははるかに少ない。しかし、バイトゥッラーが死亡したために、その部下たちが、自分たちの仲間になりつつあるという。

ワジリスタンで大掛かりな作戦を開始すると主張している軍にとって、過激派間の亀裂を利用することが重要だが、いっぽうで警戒した抵抗勢力が結束する恐れもある。軍はターゲット攻撃を実施し、地域を封鎖しているために、敵は弱体化したと主張している。しかしタリバンに対抗しようとする組織の結束に、疑問が残る。ムハンマドはビッターニを批判し、彼とは協力しないと述べている。

ムハンマドと彼と関係のある民兵ババ・ワジリスタンは、断食が終わる来週、バイトゥッラーに対して大きな作戦を実施するという。ババは戦いに備えて、3つの組織を統一しようとしているのだという。「ラマダーンの後に、この仕事開始する。巨大な軍を作る」と、ババが電話インタビューで述べた。「我々のモスクや公共機関を爆撃し、無実の人間を殺害する者たちを排除するために、あらゆる努力をする」。

デーラ・イスマイル・ハーンのシーア派ムスリムである、サイード・ファヤーズ・フセイニ・ブハリは、パキスタンがこれらの民兵のスボンサーになっていることを恐れていると述べ、将来問題が起きるはずだと語った。「このグループは、特別な目的のために作られた。目的が達成すれば、どうなるだろう」と、政府がこの地域に対する権限を放棄したことを憂慮した。

hoonPakistan outsources part of terror war to militia
CHRIS BRUMMITT、DERA ISMAIL KHAN

■カイバルの作戦で抵抗勢力22人死亡[090913 News]

土曜日に治安部隊が、カイバル行政区で抵抗勢力22人を殺害した。また連邦大臣の親戚2人が、運転手とともに抵抗勢力に射殺された。

治安部隊によると、ジャムルッドのハイスト・カーラにあるラシュカレ・イスラーム(LI)の隠れ家を空爆し、抵抗勢力22人を殺害した。またLIが、数ヵ月前にライバルの過激派組織アンサルール・イスラームに押さえられていた、戦略的に重要なバラのサンダハール地域を取り戻した。

hoonTwo close relatives, driver of federal minister shot dead
Nasrullah Afridi & Daud Khattak、BARA/PESHAWAR

■ロボハックの救出[090913 Times]

(前略)ファレルが拉致されたのは、今回で2度目である。最初は2004年にイラクで、『Times』の記者として働いているときだ。抵抗勢力に8時間拘束されたあと、無事解放された。彼は犯人たちに「我々を殺せ。連れて行って殺せ。私を殺せば、私は名誉ある殉教者だ」と語ったという。仲間の間では、彼は「ロボハック」で通っていた(中略)

ファレルによると、現場には少なくとも欧米ジャーナリスト2人と赤十字関係者たちも何人かいたという。現場に行ってはならないという忠告を無視した人間が、何人かいたことは確かだ。クンドゥーズで取材をした2日目、破壊されたタンクローリーでインタビューを終えようとしていると、タリバンが来るので逃げた方がいいと、地元の人々に忠告された。

しかし遅かった(中略)。ファレルとムナディはバイクであちこち連れて行かれた(中略)。

いっぼう英軍は、すでに救出作戦の計画を立てていた。ロンドンでも、緊急会議が開かれていた(中略)。タリバンたちがどこに捕虜を拘束している突き止めることが、優先事項になった。6人ほどのロイヤル・シグナルと諜報警察官たちが、NATO軍基地からラシュカル・ガーに飛んだ。タリバンの衛星電話を盗聴するための機器や、偵察機が送っているビデオをダウンロードするビデオ・ターミナルを持って行った。

捕虜解放のための交渉も続いていた。犯人たちはたびたび電話を使用したために、居場所はすぐに判明した。そこでなぜ英軍があわてて救出作戦を実施したかが、論議されている。

作戦の目標は2人を救出することだが、もうひとつの目的は、身代金の交渉が行なわれることを妨害することだった。電話の傍受から、タリバンがファレルに対して莫大な身代金を要求していることがわかった。身代金が支払われれば、タリバンの財産を増やすことになる。

去年拉致された『ニューヨーク・タイムズ』のもう1人の記者、デビッド・ロードの件も、重要だ。同紙は、身代金は支払われなかったと主張しているが、この地域の信頼のおける情報源によると、彼の解放のために900万ドルがタリバンに支払われたという。ロードは7ヵ月間拘束されていた。表向きには、ローブを使って脱出したことになっている。

アフガン人ギャングに欧米から身代金が支払われれば支払われるほど、欧米人の拉致が続くことになる。同盟軍は、自国民を救出するという作戦に振り回されてしまう。

さらに問題が深刻だったのは、2人を拘束していたタリバンが、単なる地元のタリバンではなかったことだ。外国人戦闘員もいた。ウズベク人やチェチェン人の存在から、ファレルとムナディが国際ジハード組織に売られる可能性があった。

パキスタン側に移される可能性もある。そうすれば、救出作戦は不可能だ。ファレルは、犯人たちがイスラーム過激派の名前をたびたび出していたために、怖かったと語っている。

もうひとつ作戦を急いだ要因としては、奇襲部隊の構成員が挙げられる。内部事情を知っている人間は、アフガニスタンの特殊作戦が、これまでスペシャル・ボート・サービスからSASに引き継がれたことを知っていたはずだ。

これまでSASはイラクに派遣されていたが、2004年にイラクで斬首された人質ケン・ビグレイや2007年に警備会社職員4人が殺害されたことから、迅速に行動しなければならないことを学んでいた。犯人たちを交渉する時間がなかったこと、捕虜解放のための交渉を重視する、アフガンの伝統を知らなかったこともある。

火曜日に、奇襲隊は攻撃を決めた。しかし、間違った場所を襲撃してしまった。ファレルによると、近くの畑で大きな音がして、上空を何かが飛んでいる音が聞こえたという。

タリバンは捕虜を捕まえて、新たな場所に逃げた。「我々が追跡しているということが、わかってしまった」と、救出劇に精通する関係者が述べた。「その結果、もう一度試みるしか選択肢がなかった」という。

次の夜、タリバンはムナディにカブールにいる父親に電話することを許し、自分は無事だと言わせている。20分話した。ムナディは父親に、自分たちは解放されるから心配しないよう伝えた。

「息子の言葉に本当に喜んだ。やっと安心して眠れると思った」と、カラバーン・ムハンマドが語った。彼の家族は、電話は盗聴され、その結果救出作戦が嫉視されてファレルは救出され、息子は頭に銃弾を撃ち込まれたと思っている。

ムナディの家族は、イギリス人たちが息子の遺体を持ち帰らなかったことに憤慨している。英軍は、悪意はないと強調する。作戦は、2人を無事に救出することだった。

軍内部にも、憤慨がある。不用心に行動したジャーナリストを救出するために、兵士が死亡した(中略)。

今回の作戦が引き起こした影響の大きさには、驚かされる。アフガン人たちは、欧米人たちは自分たちの命を下に見ていると感じた。イギリス人たちは、救出作戦で奇襲隊兵士を失ったことで、アフガンの戦争全体を疑問視するようになった。皮肉にも、いくつかのメディアが、これを煽動している。

garrStephen Farrell: Rescuing Robohack
Jon Swain

■ファズルッラー、あわや[090913 News]

情報源によると、ファズルッラーと彼の腹心たちは窮地に追いやられ、治安部隊による彼の逮捕あるいは排除は、24時間以内に起こりそうだ。

情報源によると、ムスリム・ハーンはまるでカナリアのように鳴いており、司令官の極秘の隠れ家の場所を何ヵ所か暴いたという。またムスリム・ハーンの「逮捕」は、ファズルッラーの仕返しから彼と彼の家族を守るための、了解の上での投降である可能性があるという。

別の情報源によると、ムスリム・ハーンは自分の命と引き換えに、ファズルッラーを始め幹部司令官の逮捕や殺害に協力しようとしていたという。

いっぽう現在行なわれている作戦で、アフガン人3人を含む抵抗勢力8人と治安関係者1人が死亡した。

バンジョットの近くのスマテールで実施されている捜索で、テロリスト5人が殺害され、9人が逮捕された。抵抗勢力との銃撃戦で、兵士1人が死亡し、1人が負傷した。

チナール地域の捜索活動では、治安部隊がアフガン人テロリスト3人を殺害したという。2人のテロリストがハワザヘーラで逮捕され、バルシュアールとウズベク・バンダで、2人が投降した(後略)。

hoonNoose tightens around Fazlullah
ISLAMABAD

■パキスタン、部族民警察350人を解雇[090912 AFP]

パキスタン北西部の政府が、抵抗勢力指導者から仕事を辞めなければ処罰すると脅迫されたために、仕事を放棄した部族民警察カサダール350人以上を解雇した。

金曜日にカイバル地域の部族民警察官500人が、報告するために24時間の期限を与えられたが、土曜日になっても142人しか現れなかったという。

抵抗勢力司令官のマンガル・バーがFMラジオ放送で、仕事を辞めない政府関係者や準軍隊の家を取り壊し、処罰すると脅迫した。彼のスピーチが木曜日に放送されたあと、抵抗勢力は部族民警察の家3軒を爆破した。

カイバル行政区のカサダールは2500人いるが、そのうち金曜日に500人が報告に来なかった。抵抗勢力の脅迫のあと、土曜日に142人が報告に来ただけだった(後略)。

hoonPakistan sacks 350 tribal police after militant threats
PESHAWAR

■タリバン、ファズルッラー師「逮捕」の後、投降[090912 Telegraph]

タリバンがスワート谷で投降を表明した。

ファズルッラー師が包囲されていると報道されたあと、タリバンが私設ラジオ局から声明を発表した。ファズルッラー師はすでに逮捕されたという主張もある。

(中略)ファズルッラーの逮捕は、パキスタンの治安部隊が、4週間前から拘束されていた彼の妻と4人の子供と親戚を釈放した土曜日の早朝から噂された。

その後、午後になって、チャルバガー地域のファズルッラーの私設ラジオ局の1つが、抵抗勢力が投降したことを放送した。

パキスタンの治安関係者によると、ファズルッラーはすでに逮捕されているが、来週の初めまではその逮捕は伏せらると述べた。ガート・ピオチャール地域で逮捕されたというが、裏付けされていない。

これに先立ち北西辺境州知事のオワイス・ガーニが、ファズルッラーが包囲され、彼の逮捕は「近い」と述べた。ファズルッラーの「逮捕」で、スワートは喜びに沸いた(後略)。

ohTaliban announces surrender in Swat Valley after leader Maulana Fazlullah 'arrested'
Emal Khan、Peshawar

■パキスタンタリバンに致命的打撃[090912 BBC]

ムスリム・ハーンの逮捕は、スワートの軍事作戦の転換期ではない。しかし、最近の出来事が彼を中心に動いて来たという意味では、重要だ。

(中略)軍は7月に、ファズルッラー師は重傷を負い、瀕死の状態だと発表した。ムスリム・ハーンはすぐにこれを否定し、「政府のプロパガンダ」だと述べた。後にファズルッラー師が、自分は生きていて元気だというメッセージを録音したテープを聞かせた。

しかし彼が死んだという報道が何度も浮上し、少なくとも軍から圧力をかけられ、動けないでいるという。

このためにムスリム・ハーンが、スワートのタリバンの声として躍り出た。軍が地上戦で勝利したために、ハーンはタリバンの意気を揚げるために努力していた。タリバンがスワートから逃げ出したという軍の声明を、たびたび否定した。タリバンはスワートの町部から撤退したにすぎず、戦いは山中や平原部で続行しているという。

当初このようになると予測されていたが、軍はほとんど抵抗されなかった。タリバンは逃走したり、殺害されたりした。軍によると、今やスワートは制圧された。人々の予想に反して、軍は軍事作戦が実施されて3ヵ月後に、スワートを支配した。

(中略)ムスリム・ハーンは、このような時期に存在感を示した。タリバンの攻撃について語ったり、すぐに再びスワートを奪回すると主張した。しかし、彼の役割はこれだけではない。彼はパキスタン国内の他のタリバンとの、連絡係でもあった(後略)。

hoonCrippling blow for Pakistan's Taliban
Syed Shoaib Hasan、Islamabad

■拉致犯人と話し合うために、一団がアフガニスタンに向かう[090912 News]

金曜日に12人からなるジルガのメンバーが、数日前に武装した何者かに拉致されたギリシア人の救出のために、アフガニスタンに向かった。

「ギリシア人がアフガニスタンのヌーリスタンに連れて行かれたという信頼のおける情報がある」と、アユーン警察のザファール・アフマッドが述べた。犯人たちがギリシア人をアフガニスタンとの国境付近に連れて行くのを、牧童が見たという。

アユーンの警察官によると、ユニオン・カウンシル元代表のアブドゥル・ハミードが率いる12人からなるメンバーが、ギリシア人解放をめざして犯人と話し合うために、アフガニスタンに向かったという。ブンブレットのシェイハーンに住むヌーリスタン人と、ギリシア人を連れ去るときに犯人に協力したガイドの親戚が、事件と関連して逮捕されたという。

いっぽう拉致事件に関して、ANP地域代表のサイード・ムザファール・アリ・シャーが、政府はギリシア人救出のために、あらゆる努力をしていると述べた。政府に対して、この地域にもっと検問所を設置するなど、安全の確保を要求した。

hoonTeam leaves for Afghanistan to hold talks with kidnappers
CHITRAL

■ギリシア人ボランティア誘拐[090912 News]

金曜日にチトラルのギリシア人ボランティアが誘拐されたことを心配しているカラーシャ谷の住民たちは、政府が拉致された外国人を救出しなければ、別の国に移り住むと警告した。

ギリシア人ボランティアのアタナシアス・レロニスは、ここ15年間健康と教育のプロジェクトに従事していたと、カラーシャコミュニティの代表タリーム・ハーンが記者会見で述べた。

共同体全体が自分たちの客人が拉致されたことを心配しており、自分たちは誰にも危害を与えていないのに、自分たちの客人が狙われたと述べた。

北西辺境州議会の少数民族代表であるプリンス・ジャビッドと仲間のチスティアール・ハーン、ザリン・ハーン、サイード・グルなどが、ギリシア人ボランティアの拉致と地元警備員ザファールを殺害した、地元アフガン人とアフガン人タリバンを非難した。

彼によると、拉致事件後、共同体全体が危険にさらされているような気持ちになり、仕事をするのもやめてしまったという。子供たちも恐れおののき、学校に行きたがらない。

共同体の女性代表のサイード・グルは、自分たちは平和を愛する、愛国心のある共同体であるが、このような事件が起きるのであれば、別の平和な場所に移動さぜるを得ないという。

政府は自分たちに本当の権利を与えていないと訴え、「継母的」な態度を取るのをやめるべきだと述べた。

少数民族代表のプリンス・ジャビッドは政府に、カラーシュ谷周囲に軍を配置し、共同体を保護してほしいと述べた。ギリシア人の拉致で恐怖を感じているという。

カラーシュの文化は国家にとって重要であり、どのようなことがあっても、守るべきだという。

(中略)カラーシュは、犯罪団か過激派が外国人をヌーリスタンに連れて行ったのではないかと恐れている。

木曜日にチトラルのDCOの外で、ブンブレット、ビリール、ルンブールの小学生や女性を含めたカラーシャが抗議に押しかけ、イードの前にギリシア人を救出しなければ、谷にいる外国人を守ることができなかったとして、政府に抗議をするという。

hoonKidnapping of Greek volunteer from Chitral
PESHAWAR

■スワートタリバン報道官と幹部司令官、逮捕[090912 Dawn]

(前略)軍幹部関係者によると、逮捕されたスワートタリバン報道官のムスリム・ハーンと4人の司令官たちは、先週内報によりミンゴーラ北西部のティリグラームで逮捕されたという。

「諜報作戦の結果だった」という。抵抗勢力責任者たちが、ティリグラームの民家にいるという情報が入り、兵士70〜80人が作戦に参加したという。「銃撃戦となり、警備員6人が死亡した。すぐにムスリム・ハーンとマフムード司令官に気づいた。大きな獲物がかかったことがわかった」という。

逮捕された男たちはすぐにラワルピンディに連れて行かれ、取り調べを受けた。「最初の日は協力しなかった」と、ムスリム・ハーンについて語った。「翌日は、協力し始めた」。

ファズルッラー師と会っていたというムスリム・ハーンの諜報情報にもとずき、マンガルワールとマラーム・ジャッバ間の70平方キロメートルが、4日間捜索された。

ファズルッラーと彼の残虐な腹心イプネ・アミーンの捜索には、4師団と砲撃隊、奇襲隊4000〜5000人が参加した。「彼らから有力な情報が多数入ったために、逮捕を伏せていた」という。

「重武装した、多数の過激派戦闘員がいるために、現場に入ることができないだろうと言われた。しかし今のことろ、10人ぐらいの戦闘員と戦っているだけだ」。

ある新聞が、スワートのタリバンの若い報道官が、イスラマバードで軍と和平協定を話し合っていたところを逮捕されたと報道したが、軍報道官はこれを否定している(中略)。真実はこの2つの話の間にあるようだ。

治安関係者が数ヵ月前に、ムスリム・ハーンの妻と子供、親戚を、ペシャワル郊外で逮捕したことをほのめかした。TTP責任者たちは、家族をペシャワルやマルダンなど、スワートの外に移している。

「ムスリム・ハーンが、ファズルッラーを裏切る日を待とう」と治安関係者が述べた。

家族を逮捕されたムスリム・ハーンは、自分たちの投降を話し合うために治安関係者と接触していたようだ。ムスリム・ハーンは圧力をかけられ、政府との和平協定提携という名目で、投降に同意した可能性がある。マフムード司令官に関しても同じで、彼の家族も、数ヵ月前に治安関係者に拘束されている。

ムスリム・ハーンは1954年生まれで、スワートのジェハンゼーブ高校を卒業し、1970代にはPPPの学生部に所属していた。

その後船乗りとなり、2年後にはクエートで輸送会社で働いた。1990年にイラクがクエートに侵略した時にパキスタンに戻った。

1999年にアメリカに渡り、ペンキ屋業についた。パシュトゥのほか、英語、アラビア語、ペリシア語、ウルドゥーに堪能である。ヨーロッパと中東15国を旅したことがある。

ohSwat Taliban mouthpiece, top commander captured
Ismail Khan、PESHAWAR

■ファズルッラー、スワートタリバンの弱体化を認める[090912 News]

シューラの重要なメンバー5人を逮捕されたスワートタリバン責任者のファズルッラー師が金曜日に、組織が弱体化したことを認めた。

サルマーンが『The News』に金曜日に届けた録音テープによると、ファズルッラーは次のように述べた。タリバン運動は現在、病にかかった状態だ。病気になれば、活動が制限される。タリバン組織は今このような状態だ。じきに反撃する」。

録音テープの中のファズルッラーは、早口のパシュトウ語で話した。ときおり、言葉を聞き取ることが難しかった。ファズルッラーの声である確証はないが、非常に似ていた。

ムスリム・ハーンの逮捕後にスワートタリバン報道官を引き継いだサルマーンは、録音は金曜日に自分のもとに届けられたという。ファズルッラーはバイトゥッラーのことにも言及し、パキスタン人タリバンは全員彼のように死にたいと述べた。「バイトゥッラーのように、タリバン戦闘員は全員が殉教を望んでいる。目的のために戦っているときに逮捕されることは、たいしたことではない」という。スワートとマラカンドのタリバンは、本当のシャリアが導入されるまで戦い、この目的を果たすためにあらゆる犠牲を払うという。

(中略)ファズルッラー師は、パキスタン軍が和平協定のために招いておきながら、5人の使節団を逮捕したために、もはや信頼できないと述べた。政府と軍は、再びタリバンと話し合いをする必要性に迫られるかもしれないが、今後は一切取り引きをしないと述べた。

(中略)タリバン報道官は、副責任者のモーラナ・シャー・ドーランが軍事作戦で死亡したという報道を否定した。数週間シャー・ドーランのオーディオ・テープが出て来ないと指摘したところ、ファズルッラー師のテープも、「悲劇的な理由」で長い間作れなかったと述べた。またサルマーンは、治安部隊が捕虜となったタリバンを処刑していることを非難した。彼によると、タリバン30人を含む200人の逮捕者が処刑され、スワート各地に遺棄されているという(後略)。

garrFazlullah concedes Taliban weakened in Swat
Rahimullah Yusufzai、PESHAWAR

■パキスタンでテロとの関係でスウェーデン人逮捕[090911 AP]

2001年にパキスタンで逮捕され、グアンタナモ収容所に2年間拘束されたスウェーデン人と同じ名前の男が、アルカイダと関係があるとして先月パキスタンで逮捕されたと、金曜日に警察が発表した。

メーディ・ムハンマド・ゲザリが、他の3人のスウェーデン人とトルコ人7人とともに、北西辺境州の部族地帯で逮捕された。彼らと一緒に、パキスタン人の男が同行していた。

ゲザリがどのような活動をしていたかはわからないが、メーディ・ムハンマド・ゲザリという名前のスウェーデンのパスボートを所持していた。

『AP』が入手した警察の書類には、ゲザリとスウェーデン国籍の男3人、女性1人の12人の名前が記載されていた。ゲザリは、パキスタン政府が2001年に逮捕したあと、グアンタナモに2年間収容された。彼は、トラボラから逃走した156人のアルカイダの1人といわれる。彼自身はアルカイダとの関係を否定している。

12人の外国人は、8月28日にデーラ・ガジ・ハーンで逮捕され、イランから入国して部族地帯に入ろうとしていた。1人はラップトップ・コンピュータと、1万ドルを所持していた(後略)。

hoonSwede held in Pakistan over possible terror links
KHALID TANVEER、MULTAN

■タリバン報道官の他4人、逮捕される[090911 AP]

パキスタン兵が、スワートのタリバン報道官の他司令官4人を逮捕したと、軍が金曜日に発表した。

軍は男たちをいつ逮捕したか明らかにしなかったが、スワートで「作戦が成功した」結果だと述べた。地元紙が抵抗勢力の話として、男たちは軍と極秘の和平協定を締結するために話し合いをしていたところを逮捕されたと報道した。軍と内相は、これを否定している。

(中略)軍の声明によると、タリバン報道官のムスリム・ハーンとマフムード・ハーン司令官、ファズレ・ガッファール司令官、アブドゥル・レーマン司令官、サラージュ・アリ司令官が、ミンゴーラ郊外で逮捕された。最初の2人はそれぞれ1000万ルピーの賞金が懸けられていた。

逮捕者たちは治安部隊の取り調べを受けており、すでに提供された情報に基づいて「作戦が実施」されているという。

ムスリム・ハーンはアメリカで数年暮らしたことがあり、メディアにたびたび電話をかけてきて声明を発表していた(中略)。

『ニューズ』紙が、逮捕された男たちは軍と話し合いを行なっていたと報道した。サルマーンという抵抗勢力の話として、スワートのタリバンは、話し合いのためにイスラマバードを訪問していた一行と、連絡が取れなくなったという。

軍とレーマン・マリーク内相は、そのような話し合いはなかったと述べた。マリークは、他の司令官たちも投降するよう呼びかけた。「作戦を開始した最初から政策は変わっていない。テロリストとは取り引きしない。殺害されるか、逮捕されるかだ」。

smellPakistan: Swat Taliban spokesman, 4 others held
MUNIR AHMAD、ISLAMABAD

■スワートタリバン、シューラのメンバー5人拘束される[090911 News]

スワートのタリバンが木曜日、8日前から軍と極秘で和平協定を結ぼうとしていた5人の幹部メンバーと連絡がとれなくなっているために、拘束された可能性があると述べた。

5人には、スワートタリバン司令官のムスリム・ハーンと、重要な司令官マフムード・ハーンが含まれている。残りの3人は、全員宗教指導者で、スワートのマッタ地区ピオチャール出身のモーラナ・サルタージ・アリ、バイシュバーン出身のモーラナ・アブドゥル・レーマン、ディールからスワートのシャモザイに移ってきたムフティ・バシール・アフマッドである。

ムスリム・ハーン不在のあいだにスワートTTP報道官を勤めるサラームが語ったところによると、イスラマバードにいるタリバン一行と電話連絡が取れなくなったという。「3日前にムハンマド・ハーン司令官と話した。彼の話し方がなんだか変だった。自由に話せないような感じだった。軍に拘束されているようだった」と、タリバン報道官が述べた。

パキスタン陸軍と政府は、これまでタリバンと和平協定のための話し合いをしていないと述べている(中略)。最近は、重要なタリバン指導者が逮捕されたという報道はない(中略)。

タリバンが、軍と和平協定を話し合っていることを認めたのは、これが初めてである。サルマーンによると、新しい和平協定の話し合いは、アメリカで暮らしていたスワートのデオライ村出身者、カマル・ハーンが仲介したという。カマル・ハーンはタリバン司令官のマフムード・ハーンに接触し、軍が安全を約束したために、5人の一行がパキスタン陸軍と話し合うことになったという。「我々は今回、陸軍と直接話したかった。これまではANP政府と2度協定を結ぼうとしたが、決裂した」と、サルマーンが述べた。

タリバン報道官によると、軍諜報組織のアブドゥッラー少佐が、パキスタン軍と話し合いを行なうための人間だった。「6月以来、アブドゥッラー少佐が我々と接触してきて、和平協定の話し合いを行なった。最終的にはカムラン・ハーンが両者の仲介役を引き受けることになったために、アブドゥッラーの申し出を受け入れた。8日前にアブドゥッラー少佐とカマール・ハーンがミンゴーラの近くのマンガラワールにやって来て、ムスリム・ハーンとマフムード・ハーンを含めた5人タリバン代表を連れて行った。ミンゴーラとペシャワルで行なわれた最初の話し合いの最中は、マフムード・ハーンと連絡を定期的にとっていた」。

サルマーンによると、陸軍と話し合うために、タリバンの一行はファズルッラー師の権限をすべて与えられたという。「我々は2つだけ要求した。まず本当のシャリア法を導入すること。そしてタリバンの捕虜の釈放だ。スワートやマラカンドの他の地域に、陸軍が駐屯することには反対しないことを表明していた」。

タリバン報道官は、タリバンが以前の和平協定に違反して検問所を設置したり、ブネールに戦闘員を送り込んだことに非常に憤慨していたと述べた。「タリバン使節団は軍に、これまでも両者が過ちを犯してきたが、今は許し、前進する時期だと述べた」という。

サルマーンによると、マフムード・ハーン司令官からの電話で、軍は、以前の和平協定に違反し、治安部隊や政治家たちに武力で立ち向かい続けたタリバン司令官たちを引き渡すよう、圧力をかけられている印象を受けたという。「我々は心の底から軍と和平協定を結ぼうとしていたが、罠だった。正式な和平協定の話し合いを開始する前に、スワートで停戦を結ぼうとしたが、これが受け入れられなかったために、疑いはじめた。軍事作戦が続行し、今5人は拘束されている」と強調した。ファズルッラー師が、タリバンの和平協定のための使節団を逮捕したことは、信頼に反するものだと続けた。「ファズルッラー師は、政府と軍は、シュラーの5人のメンバーを逮捕したことを表明するだろうと言っている。だからこのことを公表することにした。5人は和平協定締結のために出かけたのに、逮捕されたのだ」。

smellSwat Taliban say five Shura members in govt custody
Rahimullah Yusufzai、PESHAWAR

■アフガンレポーター、同僚の死でNATOに非難[090910 AP]

(前略)アフガン人通訳の死で、英軍の行為に対するアフガン人の怒りがさらに高まった(中略)。アフガニスタン・メディア・クラブは、2人を拉致したタリバンを非難するいっぽうで、非暴力的に問題を解決しようとしていたグループに知らせずに、軍事作戦を実施したという声明を出した。また英奇襲部隊が仲間の兵士の遺体を持ち運びながらも、ムナディの遺体を放置したことに怒りを表している。

(中略)NATOは、先週ドイツ軍が米軍事戦闘機を依頼してハイジャックされたトラック2台を空爆したところ、一般市民70人が死亡したと言われる出来事を調査している。ファレルとムナディは、この事件を取材していた。

警察は記者たちに、村に入ることを警告していた。『AP』のジャーナリストを含む欧米ジャーナリスト数人が、NATO軍と同行して現場に行っている。アフガニスタンの元NATO軍司令官のゴードン・メッセンジャー准将は、軍と同行せずに単独で戦場に出て行くジャーナリストは、問題を混乱させると述べた。「ジャーナリストたちは、軍と一緒に行動することが望ましいと思う」。

英国防関係者は、ムナディはファレルと同等に扱われたと述べた。「1人だけを救出する作戦ではなかった」という。しかしジャーナリストの組織は、アフガン人の命と外国人の命を同等に見る者はほとんどいないという(後略)。

garrAfghan reporters blame NATO for colleague's death
KAY JOHNSON、KABUL

■救出のあと非難[090910 Washington Post]

『ニューヨーク・タイムズ』記者のスティーブン・ファレルの劇的な救出劇のあと、アフガンジャーナリストたちの間では、ファレルのアフガン人通訳スルタン・ムナディが死亡したことで、悲しみと怒りが広がっている。ムナディは救出作戦中に銃撃されて死亡し、奇襲部隊はファレルを安全な場所に連れ去ったのに対して、彼の遺体は放置されたままだった。

NATO軍がタリバンにハイジャックされた燃料トラックを空爆して、多数の一般市民が死亡した事件直後に発生したこの事件で、国際軍に対する敵意がさらに増してくる恐れがある。英パラシュート隊員とアフガン人女性も、クンドゥーズで実施された急襲作戦で死亡した。

英関係者はムナディの死に対して哀悼の意を表したが、アフガン人の怒りは収まらなかった。国際軍は、アフガン人の命よりも欧米人の命を上に見ているという非難があがった。アフガニスタンのテレビでは、ムナディの布で包まれた遺体を放映した。彼には妻と2人の幼い子供がいる。

アフガン人コメンテイターたちは、2007年にイタリア人ジャーナリストがヘルマンド州で拉致された際に、彼は救出されながらも通訳のアジュマル・ナクシュバンディと地元のドライバーは置き去りにされたことを引き合いに出した。2人とも後に殺害された。

(中略)さらにアフガン人と国際社会の外交官たちは、アフガン政府も『ニューヨーク・タイムズ』関係者も知らないうちに、夜間の救出作戦が実施されたことを疑問視する。すでに地元のタリバン責任者と交渉が進んでおり、明らかに解放に向けて前進していた。

ゴードン・ブラウン英首相は、作戦は「綿密な計画と熟考」後に実施され、関与した軍は「非常に勇敢」だったと述べた(中略)。

ペンタゴンの報道官は、米軍は作戦について事前に報告され「協力を提供」したという。アメリカは諜報情報を提供したと述べた。

2人のドライバーであるアブドゥル・ジャムシェッドは、2人が村人たちをインタビューしている最中に武装した抵抗勢力がやってきたために、パニックになった村人たちと走って逃げ、州都にたどりついた。彼とのインタビューによると、警察と村人は一行に、現場に入らないように忠告したという。

「彼らは危険だから行くなと言っていた。現場につくと、村人たちが我々に立腹していたために、怖くなった」と、ジャムシェッドが述べた。「老人がやってきて、立ち去ったほうがいいと言った。私はスティーブの腕を取ると、彼はオーケーと言った。しかし2分後にタリバンがカラシニコフを持ってやってきた。人々は叫んで走り出した。私も一緒に逃げた」。

その後数日間、ジャムシェッドと他の『ニューヨーク・タイムズ』のスタッフは、ムナディとタリバンと、それぞれ携帯電話で会話している。電話でムナディは、2人とも「我々の兄弟」のもとにいて、丁寧に扱われていると語った。いっぽう外交筋や状況を良く知っている関係者が、地元のタリバン指導者と話し合いを行なっていた。その中には、ムッラー・サリームという名前の宗教指導者もいた。部族民長老とムナディの親戚が、赤十字を通して捕虜たちの解放を交渉しており、数日内には解放されそうだと踏んでいた。

目撃者やファレルの話によると、英兵とアフガン兵が戦闘ヘリコプターで2人が拘束されていた建物の屋根の上に着地し、タリバンと銃撃戦を交わした。2人の捕虜は軍の方向に助けを求めて走ったが、ムナディは銃撃された倒れたという。

(中略)ムナディの遺体は、村人たちにより引き取られ、クンドゥーズからカブールまで運ばれた。同僚たちにより郊外の墓地に埋められたが、外国のメディアやアフガン人以外は招待されなかった(後略)。

garrAfter Rescue, Recriminations
Pamela Constable、KABUL

■ジャーナリスト救出に反動[090910 AFP]

木曜日に、アフガン人同僚を含む4人の犠牲者を出して救出された欧米ジャーナリスト救出に対して、批判が噴出した。

仲介者たちがジャーナリストの救出のためにタリバンと話し合いを行ない、良い成果が出てきていたところ、英奇襲部隊が作戦を実施してしまったという。

(中略)アフガン人ジャーナリストたちは、彼の遺体が現場に残されたことに関して、「非人道的」と非難した。

イギリスの大臣たちは救出を認可したが、タリバンとの話し合いに関わっていた人間によると、話し合いが進み、ジャーナリストの命は危険にさらされていなかったという。「多数の人が関与して、解決しようとしていた」と、情報源が語った。「さまざまな組織と接触し、無条件で2人を解放する話し合いが進んでいた」。

ゴードン・ブラウン首相報道官が、ミリバンド外相とアインスウォース国防相が、軍を使用する最終決断を下したことを認めた。

『ザ・タイムズ』によると、英軍はファレルが別の場所に移されることを心配し、話し合いで2人が救出される保証はなかったとしている。

しかし別の情報源によると、犯人たちは最悪、身代金を要求しているだけだったという。

ある欧米関係者が『タイムズ』に語ったところによると、「まったくやりすぎだった。もう少し辛抱と敬意を払っていたなら、2人とも救出できたはずだ」と語った(後略)。

garrBacklash over journalist's rescue in Afghanistan
Lynne O'Donnell、KABUL

■アフガン人、アフガン人通訳の遺体放置を非難[090910 Times]

アフガン人ジャーナリストたちは、タリバンに拉致されたニューヨーク・タイムズの記者救出の際に死亡した同僚の死に関して、怒りを表明した。イギリス奇襲部隊が、通訳の遺体をその場に置き去りにしたことに関しても抗議した。

(中略)さまざまな仲介者たちが2人の救出のために奔走していたが、英奇襲隊が早朝に作戦を実施し、ムナディ氏と特殊部隊の英兵1人が死亡した。

(中略)救出のために奔走していた仲介者たちは、急襲作戦が突然に実行されたことに、ショックを隠せないでいる。ファレル氏の命が危なくなっているという証拠はなかったという。

なぜ救出作戦が決まったかは、明らかではない。『ニューヨーク・タイムズ』の編集長のビル・ケラーが語るように、ファレル氏自身が信じたように、捕虜たちが場所を移されるという情報をNATO軍が入手したのかもしれない。

アフガニスタン・メディア・クラブが、国際軍が34歳の同僚の遺体を現場に残してきたことを非難する声明を発表した(中略)。

ムナディの家族の友人によると、兵士たちは携帯電話の電波から、2人のジャーナリストが拘束されていた家を探し当てたという。「彼は前夜10時30分に両親に電話をかけてきて、無事であることを伝えた」という。危険を犯してムナディの両親はカブールからクンドゥーズに旅して息子の解放を待ったが、代わりに遺体を引き取ったという。

「彼らは遺体を自分たちで引き取った。彼を埋葬するために遺体を運ぶことに協力する者は、誰もいなかった」と、友人が語った。「彼は現場に放置されていた。遺体はひどい状態だった。前からも後ろからも撃たれていた。誰に撃たれたのか、兵士なのかタリバンなのか、見極めることは不可能だ」。

英奇襲隊兵士1人が死亡したことで、危険を承知していた記者の救出のために、兵士を犠牲にするべきだったかも疑問視されている。

ファレル氏は、ムンディと、タリバンが来たときに逃げ延びた運転手とともに、危険については話し合ったと主張した。「スルタンと運転手に、現場にいくことが安全か話し合った。彼らは大丈夫だろうと言った」と述べた(後略)。

garrAfghans blame troops for death of translator during rescue and leaving body
Philippe Naughton

■アフガン人記者、同僚の死でNATOを避難[090910 AP]

木曜日にアフガン人ジャーナリストたちが、救出作戦を行なった英国奇部部隊は、『ニューヨーク・タイムズ』の外国人記者だけを救出し、仲間の遺体をその場に残してきたことを、「ダブル・スタンダード」的な態度だとして国際軍を非難した。

国際報道機関のために働くアフガン人記者からなる「アフガニスタン・メディア・クラブ」は、ドイツ軍が空爆を要求して一般市民が死亡した事件を報道しようとしていた2人を拉致したと、タリバンも非難した。

(中略)声明によると、英軍はイギリスとアイルランドの国籍を持つファレルを救出し、急襲で死亡したムナディの遺体をその場に残してきたことは「非人間的だ」と述べた。外国軍には敬意が欠けているという。「外国人の命とアフガン人の命の間に、ダブル・スタンダードがある」と『CBSニュース』のアフガン人プロデューサー、ファズル・レーマンが述べた(後略)。

garrAfghan reporters blame NATO for colleague's death
HEIDI VOGT、KABUL

■捕虜の身の安全が脅かされると、英軍が行動した[090909 New York Times]

英軍は、タリバンが捕虜をパキスタンに移動しようとしていたために、『ニューヨーク・タイムズ』のイギリス人記者とアフガン人通訳を救出するために、水曜日にアフガニスタン北部で奇襲作戦を行なうことを命じたと、アフガン関係者が述べた。

英特殊部隊とアフガン兵士が、記者のスティーブン・ファレルを救出したが、通訳のスルタン・ムナディと英パラシュート部隊員1人とともに、アフガン一般市民少なくとも1人とタリバン12人が激しい銃撃戦で死亡した。

アフガン政府幹部とファレル氏によると、拉致されてから2日たった時点で、捕虜たちの状況が悪化してきたという。クンドゥーズの外にいるタリバン指導者たちが、捕虜たちをNATO軍の手の届かないパキスタンに連れて行こうとしていたという。

ファレル氏は、食料や水、毛布などを与えられ、危害を加えられることはなかったと述べたが、抵抗勢力たちはムナディ氏をののしり始めたという。ある時点でタリバンはムナディ氏に、2年前にイタリア人ジャーナリストがヘルマンド州で拉致された事件を引き合いに出し、イタリア人は救出されたがアフガン人通訳は殺されたことに言及したという。

「彼らは私を殺害するつもりではなかったようだ」と、ファレル氏がカブールの英大使館に、電話で語った。「彼らは彼を殺害しようとしていたと思う」。

タリバンたちは電話で自由に会話を交わしていたために、NATO軍は状況が変わって行く様子を盗聴し、時間がないことがわかったという(中略)。

ワシントンの英軍関係者によると、アメリカは諜報情報とヘリコプターを提供し、必要であれば戦闘機が出動できるよう待機させていたという。しかし作戦は、英軍司令官と文民関係者の間で計画されたという。

アフガニスタンのNATO報道官によると、アフガニスタンの最高司令官であるマクリスタルには、急襲を行なうことを伝えてあったという。またロンドンの「ザ・タイムズ』によると、ゴードン・ブラウン英首相自身も、急襲を認めていたという。ただし英政府関係者によると、ブラウン氏は、イギリスとアイルランドの二重国籍を持つファレル氏とムナディ救出のために、軍に一般的な許可を与えたにすぎないという。

(中略)ファレル氏によると、自分とムンディは、拘束されていた4日の間、1日に何度もチャール・ダラ地域のトウモロコシ畑や米畑の中を移動させられたという。最初の2日間は、解放されると楽観的に思っていた。「彼らはトヨタ・カローラに我々を乗せて、チャール・ダラの中を連れ回した。時には、覆面をしてターバンを捲いた男たちが、バッグパックからロケット推進手榴弾をのぞかせながら、日中堂々とバイクに乗って同行していた。カブールとクンドゥーズ間の幹線道路から、数マイルも離れていない場所だ」。

犯人たちはアフガン政府とNATOの監視タワーから、1500フィートしか離れていない場所を、うれしそうに、果敢に運転していた(中略)。「NATO軍兵士は、1人たりともいなかった。アフガン人警察官も兵士も検問所もなく、タリバンはまったく自由だった」。

(中略)しかし3日目になると、状況は悪化した。隠れ家を見つけるのが難しくなり、狭い道を運転して道に迷うこともあった。「やっと電気が引かれた家を見つけると、若者2人がテープレコーダーを出して、ビンラディンやチェチェン、ソマリア、ヘルマンド、カンダハルなどのムジャヒディンなど、アメリカと戦う人間を賛美する宗教的な説教を何時間もかけた」。

その後新たに、幹部クラスのタリバン戦闘員が合流してきて、話し合いが始まった。ワジリスタンにあるタリバンやアルカイダの拠点からそう離れていない、バグラーンなどが候補に挙った。

ムナディは自分の命を心配し始め、ファレルに「あなたは大丈夫だと思うが、私は駄目かも」と言った。

3日目の夜、大きな爆発音と飛行機の音が聞こえたために、犯人と捕虜たちは畑の中を横切り、暗闇の中を駆け出した(中略)。水曜日の早朝、ヘリコプターが英奇襲部隊を投下した。英軍とNATO軍は作戦の詳細は語らないが、アフガニスタンにある程度の規模の軍を派遣している国家は、このような作戦に備えて、捕虜救出のための特殊部隊を備えている。

偵察機やヘリコプターが上空を旋回していたために、犯人たちは逃げ出した。2人は最初その場に留まった(中略)。しかしその後部屋を出て、外に出た(中略)。ムナディが先に立ち、2人は建物の外壁に沿って走った。「真っ暗で、数フィート先しか見えなかった」と、ファレルが語った。「誰がどうにいるかわからなかった。銃弾が飛び交っていた」。

約60フィート前進すると、2人は塀の角にきた。ムナディはファレルの2フィートほど先にいて、「ジャーナリスト、ジャーナリスト」とはっきり発音しながら塀の陰から出た。タリバンに言っていたのか、奇襲部隊に言っていたのかはわからない。銃弾が雨あられのように飛びかった。敵のものか味方のものかわからない。ムナディは倒れた。

ファレルは後ずさりして、壕に飛び込んだ。数分後英国人の声がどこから来るか聞き分けられるようになったところで、「英国人捕虜、英国人捕虜」と叫んだ。数秒後手を挙げて、英軍のもとに歩いて行った。

水曜日にファレル氏は、ムナディの死は自分の責任だと述べた。ただし拘束されていた間、2人とも死ぬかもしれないことを話し合ったという。「彼は、私を最後の最後まで守ろうとした」。奇襲攻撃が始まり部屋から出るときも「彼は私の前を歩いた」。「彼は安全までほんの数秒のところにいた」。「我々は救われたと思った。しかし、彼は銃弾の雨の中に歩いて行った」。

hoonAs Taliban Threat to Hostages Grew, British Moved In
ERIC SCHMITT、WASHINGTON

■ギリシア人、カラーシュの博物館から拉致[090909 Dawn]

火曜日早朝、銃を持った男たちがカラーシャ谷に住むギリシア人を拉致し、警備員を殺害した。

警察によると、カラーシュの博物館内にある自分の部屋で寝ていたアタナシアスというギリシア人が、建物に侵入してきた20人ほどの覆面をした男たちに連れ去った。警備のために配置されていた警察官が抵抗したために、殺害された。

アタナシアス氏は谷に15年住みつき、カラーシュの共同体のための開発プロジェクトに従事していた。カラーシュの文化促進のために、3階建ての建物を建設していた。建物には、アタナシアスが教鞭をとっていた、小学校も併設されている。

政府は彼の警備のために警察官5人を配置していたが、事件当日は3人は暇を取り、2人しかいなかった。もう1人の教師、アジュメール・ハーン・カラーシュも建物内にいたが、彼は柱に縛られていた。谷はアフガニスタンのヌーリスタンと接しているために、ヌーリスタンに連れて行かれたおそれがある(後略)。

【ひ】Greek national kidnapped from Kalash museum
Zahiruddin

■タイムズ記者、アフガンの襲撃で解放。助手死亡[090909 New York Times]

北ワジリスタンで抵抗勢力に拉致された『ニューヨーク・タイムズ』の記者ステファン・ファレルが水曜日、軍奇襲部隊による急襲で救出されたが、彼のアフガン人通訳は救出作戦中に殺害された。

4日前にクンドゥーズで、銃を持った男たちがファレル氏と通訳のスルタン・ムナディを拉致した。

現場の村人と話をしたアフガン人ジャーナリストによると、記者を救出するための銃撃戦で女性と子供を含む一般市民が死亡した。作戦自体が極秘であったために、正確なことはわからない。英奇襲隊員1人も死亡したという。

土曜日にファレルとムナディは、金曜日に発生したタリバンにハイジャックされたトラックをNATO軍が空爆した事件を取材中に、拉致された(中略)。ファレル氏は火曜日の午後7時半にタイムズの海外編集長のスーザン・チラに電話をかけてきて、「逃げた。自由だ」と述べた。

チラによると、ファレルは「多数の兵士」からなる奇襲部隊により、犯人たちと激しい銃撃戦を行なった結果、「救出」されたという(中略)。

46歳のファレル氏は、2007年7月にタイムズのバグダッド支局の記者になった。アフガンとイラクの戦いを数年間取材し、中東と南アジアのすぐれた取材で一目置かれている。ムナディ氏も、タイムズなどのさまざまな機関と、仕事をしていた。

ファレル氏の2度目の電話によると、「我々は全員ひとつの部屋にいた。タリバンたちが走り出した。急襲のようだった。我々は殺されると思った。我々も外に出た方がいいかどうか考えた」という。彼とムナディが外に出ると、声が聞こえてきた。「銃弾が飛んでいた。イギリス人とアフガン人の声が聞こえた」。塀がちょうど途切れたところでムナディが、「ジャーナリスト、ジャーナリスト」と叫びながら駆け出したが、銃弾に当たって倒れた。「掘に飛び込んだ」とファレル氏が語った。仲間に撃たれたのか、敵かはわからなかったという。

その後アイルランドとイギリスの二重国籍を持つファレルによると、多数のイギリス人の声が聞こえてきたために、「イギリス人捕虜」と叫んだ。イギリス人の声で、出て来るように言った。歩いていくと、ムナディが見えた。「彼は倒れたままの状態で横たわっていた」。「それしかわからない。彼が私の前を行くのが見えた。動かなかった。死んでいた。とても近いところにいた。たった2フィート先で倒れた」。ファレル氏は無事である。

タイムズもファレル氏の家族も、作戦が実施されていることを知らなかった。また安全のため、現在まで拉致事件があったことは、伏せられていた。

(中略)11週間前には、別のタイムズの記者、デビッド・ロード氏が、アフガニスタンとパキスタンの国境地帯の山中で7ヵ月間拘束されたあと、1人で脱出している(後略)。

garrSeized Times Reporter Is Freed in Afghan Raid That Kills Aide
ERIC SCHMITT

■パキスタンで無人偵察機5人殺害[090908 BBC]

アメリカの無人偵察機が、パキスタンの北西部で24時間内に2度目の攻撃を実施し、抵抗勢力5人が死亡したと、治安関係者が述べた。

火曜日に北ワジリスタンで、タリバン戦闘員が使用していた建物にミサイル2発が撃ち込まれた。建物は、ジャラウッディン・ハッカーニが率いる組織の司令官、モーラナ・イスマイルのものである。

前日も、少なくとも5人の抵抗勢力が無人偵察機により殺害されている。月曜日の午後は、北ワジリスタンのミールアリ近くの、モチヘール村の建物が攻撃された。

(中略)今回の攻撃では、北ワジリスタンのダルガー・マンディ村の建物が狙われた。犠牲者の数は多くなる可能性がある(後略)。

hoonPakistan drone attacks kills five

■米ミサイル、抵抗勢力10人殺害[090908 AFP]

火曜日にアメリカの無人偵察機がパキスタンの部族地帯を攻撃し、抵抗勢力10人を殺害したと、パキスタン人関係者が述べた。「北ワジリスタンのダルガマンディ村にあるタリバンの建物が攻撃された」と、治安関係者幹部が述べた。

別の関係者も10人が殺害されたと述べ、アメリカの無人偵察機がミサイル2発を建物に撃ち込んだという。攻撃時に重要人物がいたかどうかはわからない。

北ワジリスタンは、24時間内に2回攻撃されている。月曜日にはマドラッサとそれに付随する建物が攻撃され、5人が死亡している(後略)。

hoonUS missile attack kills 10 militants in Pakistan: officials
MIRANSHAH

■パキスタン軍、抵抗勢力24人殺害[090908 AFP]

火曜日にパキスタン軍がカイバル行政区で、抵抗勢力24人を殺害したと、軍が発表した。

(中略)「治安部隊がバラで、抵抗勢力24人を殺害し、抵抗勢力の拠点と本部2ヵ所を破壊した」という。月曜日にも軍はカイバルで10人を殺害したと主張しているのか、裏付けは取れていない(後略)。

hoonPakistani troops kill 24 militants: military
PESHAWAR

■NATOの補修トラック8台、炎上[090908 AFP]

火曜日にパキスタン南西部で、銃を持った男たちがアフガニスタンのNATO軍に燃料を輸送するトラック8台に放火した。現場はバローチスタン州のクエッタである。

「バイクに乗ったガンマン6人がトラックを銃撃し、引火して炎上した」と、地元警察官のカシーム・イシャクザイが述べた(後略)。

hoonEight NATO supply trucks torched in Pakistan: police
QUETTA

■カルザイ、タリバンとの和平協定締結を約束[090908 Times]

アフガニスタンのカルザイ大統領が、自分が再選されたら、100日以内にタリバンと和平協定のための話し合いを行なうと述べた。

フランスの『フィガロ』紙とのインタピューでカルザイは、アルカイダとの関係を絶つことを約束しない組織とは、交渉しないと述べた。

カルザイは、サウジアラビアが、政府と抵抗勢力との間の話し合いを仲介していることを認めた。タリバンと話し合う準備があるかどうか尋ねたところ、「最初の100日以内に開始する。オバマ大統領と前任者を比べると、両者には態度の違いが見られる」と述べた。

「しかし、注意する必要がある。またサウジにも覚えておいてほしいが、アルカイダと縁を切らない者、またアフガニスタンの憲法を守らない者とは対話しない」という(後略)。

hoonKarzai promises peace talks with Taleban
Philippe Naughton

■ドイツで空爆命令に関して政治的論争[090908 Washington Post]

ドイツの政治家たちが月曜日に、通常はアフガニスタンで平和維持に従事しているはずの同軍が、どうやって、またなぜNATO軍の空爆を要請して約100人を殺害するに至ったか、説明を求めている(中略)。

メルケル首相の関係者が火曜日の国会で、タリバンだけが死亡したと述べていたのに、後に一般市民も犠牲になったと前言を撤回した、ヨセフ・ユング国防大臣に質問すると述べた。

いっぽうポツダムの検事が、米軍ジェット戦闘機による空爆を命じたドイツ軍司令官を、殺人罪で起訴するかどうかを考慮中だという。この空爆で、クンドゥーズでハイジャックされた燃料トラック2台と多数の人間が爆破された。

アメリカとNATOの関係者は、爆撃を命じたドイツの決断は、たった1人のアフガン人インフォーマントと偵察機が提供した粗いビデオ見て下したという。これは空爆使用を許可する、NATOの新しい規則に違反する可能性がある。アフガニスタンの米軍とNATO軍の総司令官マクリスタルも、なぜ現場にすぐ急行して一般市民が死亡したかどうかを確認しなかったのか、尋ねたという。

ドイツ軍関係者は、アメリカとNATO軍関係者が自分たちの行動を批判していること、またクンドゥーズを視察に行ったマクリスタルにワシントン・ポストの記者が同行することを許したことに、怒りを表明している。

「NATO軍司令官にとって、一般市民が殺害されたという印象を与え、ドイツ兵の安全と命を危険にさらすことは間違っている」と、ドイツ軍のヘラルド・クヤート元将軍が述べた(後略)。

hoonIn Germany, Political Turmoil Over Ordering Of Airstrike
Craig Whitlock、BERLIN

■ドイツとアメリカ、空爆評価に差異[090907 AP]

米軍の戦闘機による空爆でアフガンの一般市民が死亡した可能性がでてきたが、攻撃依頼を行なったドイツ軍の役割に関して疑問が湧いており、NATO軍の同盟国であるドイツ軍と米軍の間に亀裂が生じる可能性がある。

アフガン政府関係者によると、クンドゥーズでタリバンが燃料トラック2台を盗み、村人がガソリンを抜き取るために集ったところを、米軍が金曜日早朝に空爆した。この空爆で一般市民70人が死亡したという。

アフガンとNATOの調査が始まったところだが、ドイツとアメリカはすでに非難されないように身構えている。

ドイツ国防省のフランツ・ヨゼフ・ユンは、タリバンがタンクローリーを所有すれば「我々の兵士に大きな脅威となる」と述べた。ドイツ政府関係者は、タンクローリーは自爆のために使用される可能性があったという。

「一般市民の犠牲者がいたとしたら、もらろん我々はこれを残念に思う。しかし、同時に我々の兵士が危険にさらされたことも明らかだ」とユンがドイツの報道陣にコメントした。「したがって私は、空爆を要請した司令官の決断を支持する」という。

いっぽう米軍とNATO軍報道官のジョージ・スミスは、ドツツ軍は金曜日の爆撃現場を訪れるまでに、あまりにも時間をかけすぎたと述べた。空爆があった直後に現場を押さえることが重要であり、敵が事件を都合のいいように歪曲する前に、何が起きたかを把握する必要があると説明した。

アフガニスタンの米軍とNATO軍最高司令官のスタンリー・マクリスタルは、土曜日に現場を訪れ、Regional Command North最高司令官に対応時間を尋ねた。「なぜRC-Northはもっと早く来なかったか」と、マクリスタルがクンドゥーズのドイツ基地司令官ゲオルグ・クラインに尋ねた。2人の会話を聞いた記者によると「正直言って、間違えだった」と答えたという。

日曜日にスミスによると、対応時間はマクリスタルの基準から言えば、「本来かかる時間よりも遅かった」ようだという。アフガニスタンにいるドイツ軍は、アフガニスタン南部の治安が悪くなってきているにもかかわらず、戦闘に関わらないことで非難されてきた。

盗まれたトラックは、クンドゥーズの河原で動けなくなった。そして村人は、タリバンに強制されたか、ただで燃料がもらえることに飛びついたのかは明らかではないが、米軍のジェット機がパトロールしていたにもかかわらず、トラックの周囲に集まってきた。

米軍機から送られてくる映像を見ていたドイツ人司令官たちには、120人ほどが集まっているのが見えたと、マクリスタルが土曜日述べた。米軍機の提供する画像が粗かったにもかかわらず、司令官たちは、集った人間が抵抗勢力であると決断して空爆を命じた、とスミスが述べた。

garrGermany, U.S. Differ In Airstrike AssessmentOfficials
Frank Jordans and Jason Straziuso、KABUL

■米ミサイル攻撃、パキスタンで5人死亡[090907 Reuters]

月曜日に北ワジリスタンにあるタリバンの拠点に米無人偵察機がミサイルを発射し、抵抗勢力5人が死亡したと、諜報関係者と住民が述べた。攻撃は、ミランシャーで起きた。

「抵抗勢力が現場を封鎖し、現場に入ることができない」と、住民が語った。諜報関係者によると、抵抗勢力が使用している部族民の城塞のような家が標的になったという。「抵抗勢力5人が死亡した。全員ウズベク人だった」と、付け加えた。

ハキムッラー・マフスードが司令官責任者に就任したあと、北西部では抵抗勢力の武力行為が増えている。日曜日には南ワジリスタンで地雷が爆発し、兵士5人が死亡している。治安部隊と抵抗勢力との間で銃撃戦があったというが、犠牲者に関する情報はない(後略)。

hoonSuspected U.S. missile strike kills 5 in Pakistan
Haji Mujtaba、MIRANSHAH

■米軍、アフガンの病院に乱入[090907 AP]

スウェーデンの慈善団体が月曜日、米軍がアフガニスタン中央部にある病院に扉を壊して乱入し、抵抗勢力を捜索するために職員を縛ったと、非難した。米軍はこの件に関して、調査を開始した。

アフガニスタンのスウェーデン委員会が、米軍の第10山岳師団がワルダック州の病院に許可無く入って抵抗勢力の捜索をしたと、慈善団体責任者のアンダース・ファンジュが述べた。ファンジュが月曜日に、軍の行動は戦場における医療関係の建物の保護協定に違反すると訴えた。「これは受け入れがたい」。

米兵が水曜日の夜遅く、タリバンを捜索するために病院に侵入したという。扉を蹴って開け、病院の職員4人と患者の家族2組を縛り、捜索のあいだ患者たちをベッドから追い払ったという。

2時間後に立ち去る際、負傷した抵抗勢力が来た場合は同盟軍に連絡しなければならないと命じ、手当を受けて良いかどうかは軍が決めると語ったと、ファンジュが述べた。

海軍報道官のクリスティーネ・サイデンスティッカーが、先週病院の捜索をしたことを認めたが、それ以外のことに関してはわからないという。軍は今回の出来事を調査しているという。「調査している。このようなことは、あってはならない」と述べた。「このような苦情は稀だ」。

garrUS troops stormed through Afghan hospital
KABUL

■パキスタンの戦闘から数百人避難[090907 BBC]

パキスタン北西部で軍と抵抗勢力が衝突をしており、数百人が避難を開始したと、目撃者と地元関係者が述べた。軍はカイバル行政区のバラにある、抵抗勢力の拠点をヘリコプターで攻撃している。地上軍も抵抗勢力の拠点や家を取り壊し、逮捕を続けている。

治安関係者によると、6日にわたる作戦で抵抗勢力87人が死亡し、107人が逮捕されたという。軍の主張に対する裏付けはない。

(中略)いっぽう関係者によると、南ワジリスタンでは道路脇に仕掛けられた爆弾が爆発し、兵士2人が死亡、2人が負傷した。兵士たちはシャカイからワナに向かって、パトロールしていた。

「バラから避難してきた3200家族が、食料配給の救援組織に登録した」と、イムラン・ハーンが組織するテヘリーケ・インサフ党の活動家、イクバル・アフリディが述べた。同党は、1767家族を登録したという。残りの家族は、ジャマティ・イスラームの組織である、イアル・キデマット基金に登録したという。ペシャワルには、いくつかの救援キャンプが設置された。

(中略)日曜日にパキスタン軍が、ラシュカレ・イスラーム系の訓練所2ヵ所とキャンプ15ヵ所、抵抗勢力の家を取り壊した。カイバル行政区のバラでは、作戦が開始してすでに1週間経つ(後略)。

hoonHundreds flee Pakistan fighting

Sniffed Out By Trail Dog 0-1, 2003 - 2009.